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不倫であっても愛することに変わりなく、愛することで満たされたい。 心が生きると書いて性となるなら、淫らさもまた愛の証だと思っています。
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薔薇色の庭
先生は無事に大阪から帰ってきました。
えへへ!当たり前ですよね・・・(笑)

今週は2度逢えて、先生の腕にぶる下がって歩く空もまだまだ明るくて、私はそれだけで嬉しい気持ちになりました。

馴染みのおでん屋さんで楽しい時間を過ごし、その後はホテルへと・・・。
淫靡な世界を追々書いていきますね(笑)

私には幼い頃から家庭に出張という制度がなく、傍にいるはずの人がいないとなると、それだけで心配で心寂しくなります。

もちろん私と先生は同じ屋根の下で過ごしているわけではないので、 「どこにいても同じだろう!」と、あっさり言われてしまえばそれまでですが・・・(汗)
でもね、先生がそんなことを言う人だったら、私はずっと前に先生の傍から消えていただろうと思います。

もっと自由があれば、毎回先生の出張に着いていけるのになぁ~。
旅行キップ1人分浮いたら、色々なところを旅できるし、それにね、美味しいものも食べられるよね(^^♪

若い頃の出会いに求めることがなかった理想の男性像。

年を重ねながら、いろいろな人を観てきた分だけ、男性に求める価値もまた変わってきたような気がします。
でも本当なら、出会いに少々妥協すべき年齢になってしまったのかもしれませんね(^^ゞ

だけど「妥協など出来ないものは出来ない!」としてしまう頑固な私ですから、先生と出会えたのは奇跡以上に奇奇怪怪というべきかもしれません。

最近つくづく「願い」って、願っているといつかは叶うものだと思うことが多く、願いが叶わないのは『願』を粗末に扱ったり、自ら放棄してしまうからではないかな?と思うようになりました。

私は幼い頃から母に遺言のように言われてきた言葉があります。
今となっては本当に遺言になってしまいましたが・・・。

「大人になったらパパのような人を見つけてね・・・それが女の幸せだから・・・」

幼い頃の私はその意味の深さを知らず、人生レールを快速特急で爽快に走ろうとしていたのかもしれません。

けれど古びた客車は最新機種に追われ、第一線から退くことになります。
人生の折り返し地点を過ぎれば、新しきものも古きものへと変わっていくのです。

ローカル線の鉄錆びた線路をまじまじと見つめた時、私の隣には先生がいました。
先生と一緒にいると、幼い頃の懐かしい風景まで浮かんできます。

何も持っていなかった子供の頃・・・。
当たり前のように時間は流れ、笑いあり、涙ありの昭和30年代。

あの頃の私が本当に欲しかったものは、一体なんだったのかな?
本当はね…母のような可愛いお嫁さんになりたかった(^^♪

急ぎ過ぎて見えなくなってしまっていた景色を、私は先生の心の窓から見つけることが出来て幸福を感じています。

逢瀬の帰り道・・・
いつもなら別れの切なさに負けそうになりますが、昨夜のホームには彼を見送る女性の姿がありました。

無情にもホームにアナウンスが流れると、発車時間が迫ります。
時計を見ながら彼との別れを惜しみ涙ぐむ彼女を観ていると、私まで切なくなりました。

彼女の鼻はトナカイよりも赤くて、 決して美人には見えなかったけれど、そんな彼女を誰よりも愛おしそうに見つめる彼の眼差しが痛いほど眩しかった。

そして発車のベルが鳴り、彼は車内へと・・・。
扉が閉まりかけた瞬間・・・彼が電車から飛び降りてしまいました。

ピエロのようにおどけて照れる彼の胸をバシバシ叩きながら、彼女は大泣きしながら笑っていました。
幸せな二人に魅せられて、幸せってね、人様の幸せであっても、こんなにも心を豊かにしてくれるものだと感じました。

そして私を乗せた電車は走り出し、鬼の眼に涙一つです。 
ホームに残った先生はとても小さくなっていくけれど、 それでも若い二人を温かく見つめて苦笑する先生の優しい顔を見つけることができて嬉しかった。
 
ネオンの虹が流れる街を眺めながら、「若いって素晴らしいね・・・」と先生にメールで伝えたら、「・・・俺も若いんだけど・・・」と相変わらずのおどけた返事が返ってきました。

(もうっ!まったくっ・・・先生ったらっ・・・)

だけどね、 先生は誰よりも私を笑わせるのが上手な人だと思っています。

この人で良かった・・・。
この人に出逢えて本当によかったと思う気持ちを、愛と訳してもいいですか?

そして・・・今・・・先生から一通の花便りが届きました。
長い休日を恨めしく思ってたいた私の乾いた心が、一瞬にして艶やかに咲き誇る薔薇色の庭になりました。
美月

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夫婦桜
先生と出会ってから、5回目の春を迎え今年も二人で桜を楽しむことが出来ました。

5年前・・・ある晩、メル友募集の一文に眼が止まりました。
それが先生との出会いでした。

男女の交わりを出会いに求めていたわけではなく、仮想世界…見えない相手だからこそ、なんでも腹を割って話せる人が欲しかったのかもしれません。
そして仮想世界から始まった二人は、いつしか現実世界の二人へと移行していきました。

「淡い恋心」

それは本物の先生に直接会う前(文中)から、始まっていたような気がします。
毎晩、メールを交し合い、それは今も途切れることなく続いますが、他の恋愛カップルのメールのやり取りを知ることはないけれど、でもね、きっと私達のメールはどこか普通と違っていたような・・・。

出会ったばかりの頃、先生からのメールに「いつか君は主人の元へ帰っていくだろう・・・・」と書いてありました。

「渡り鳥が海上で休む宿木、 疲れた翼を休めるため俺がいるんだよ」って・・・。

私はね、私が先生の宿木ではないか?と思って哀しくなりました。

もちろん今も家庭はあるけれど、心の居場所を見つけることが出来なくなってしまった私は、この海(先生の存在)がとても広く大きく感じられたからです。

思い悩む日々・・・
一人、輝く星空を見上げて車を飛ばし、長年通いなれた海へと向かったこともあります。
海に着いたら空と海が白けだし、次第に朝の空気へと変わっていく。

だけど、海はなにも変わってはいなかった。
ただいつもと同じ海がそこにあるだけでした。

そんな当たり前のことがわからない自分が、あまりにも馬鹿馬鹿しく思えて、可笑しくて涙が出てしまった。

結婚生活で得たものは?本当は最初から何も変わっていなかったことに気付きました・・・。

最初のまま・・・暦は月日を綴り・・・時計は時を刻むけれど、お互いに歩んでいる道が違うことに気付かないほど、相手が見えていなかったただけのことだと知れば、今を儚く思う感情は、大義名分欲しさに体裁よく、後付したものに他ならない・・・。
そのことを認めるべき時がやっと来たように思えました。

「大切な時間・・・」

今年も先生とお花見をしながら、花見客に物売る一組の夫婦の背中を見つめていました。
冷たい氷水に手を入れ、お酒を売る年配の妻の手は、山芋のようにごつごつと腫れあがって痛々しかった。

旦那は売れない菓子を並べては、忙しく働く妻を横目で見つめ、それでいて申し訳無い程度にダンボールを潰しては、妻と同じ時間を共有しているようにも思えました。

しっかり者の妻と役立たずな旦那・・・(笑)
だけどね、懸命に働く妻の背中を見ていたら、この女性にとっては、この旦那がいないと生きていけないほど大切な存在なのだと感じてきました。

この旦那がいるから・・・この妻がいるから・・・お互いの今がある。
これが本当の夫婦の形なのでしょうね。
私達は互いに語ることなく、しばらく二人の背中をじっと見つめていました。

私は先生と同じ景色が見えていることの喜びと、この夫婦に出会えた感動で無性に心が浮き立ってしまい、途中から一人ではしゃぎ始めて、いつものように先生に怒られてしまったけれど、人様の愛する亭主を馬鹿にしながらも、なぜか?心は和み癒されていく・・・愛に触れて・・・(^^ゞ

桜が五分ほど咲き、人々が七分咲きとなる並木道を黙って二人で手を繋ぎ、ネオンの街へと向かいました。

先生が言いました。

「お前、俺をあの旦那と同じだと思ってるだろうっ!!!」

「えへへ!・・・思ってるよっ・・・・だってね・・・先生ってね・・・・むふふっ・・・」

だってね、先生は偏屈者だけど・・・それに気が短いし・・・怒ると子供みたいになっちゃうし・・・。
それにね、もし?私がいなくなったら、桜を見つけるたびに鑑賞が感傷になってしまうと思うから・・・(^_^;)

桜の下には薄紅色の頬が似合うと思う。

こんな私でも先生は私が傍にいることを喜んでくれていると思うから、私は最期の一葉ならぬ永遠に枯れない姥桜のまま、先生の傍にいようと思っています。

そして・・・今日も花便りが届きました。
日々、薔薇の美しさに魅了されながらも、何より嬉しいと思うことは、薔薇を映しながら、私に送ろうと思ってくれる先生の思いやりの心です。

天津乙女 プリンセスアイコ
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真昼の初夜
42歳のまだまだ寒さ深い季節、初めて先生に抱かれた日のことを書いておこうと思います(*^_^*)

先生に初めて抱かれた日は、ランチにハヤシライスを食べました。
その店は、ハヤシライスが美味しいと有名だそうですが、私は食べ終わった後のことを想像すると緊張してしまい、流し込めるほど柔らかい牛肉も喉を通りませんでした。

お店を出てから、先生が予約してくださったホテルまで二人で歩きました。
私は自分が途中で逃げてしまわないようにと、先生の腕にしがみ付いて歩きました。

もちろん先生に抱かれることが嫌なのではないのです。
それは先生に恋焦がれるようになってから、待ち望んでいたことでもあるのです。

愛を求めれば、遅からず性にも欲がでてきます。
性の世界には遊びもあるのかもしれません。
でも私は愛すれば愛するほど、お互いの肉体の価値が高まるものでありたいと思っていました。

そんなSEXを味わってみたい・・・。
愛する男に抱かれながら色付く女になりたいと、年を追うごとに願望だけが強くなります。

でも世間の風潮で言えば、「おばさんが抱いてもらえるだけありがたいと思え!」が主流となっているようで、求められること=性処理便所と呼ばれているような気がしてしまったりね。

日常では背筋を伸ばし良い女を気取っていても、内面では貧しい心が不安感を誘うのです。
幸福になりたいと願っていながら、一歩踏み出す勇気がなかなか出ない。
でも心にまっすぐ問えば、どんなに惨めな姿を晒しても、幸福への望みを捨てたくはないと思うのです。

久しく男性に見せていなかった裸体を真っ昼間に晒すと思うと、もし?その場で先生の欲情を満たす女でないと判断されてしまったら、私はその後、どうすればいいのか?と思いました。

きっと先生は、そう感じた瞬間、私をその場で抱くことはしなかったでしょうね・・・。
先生が飢えた雌猫一匹の無意味な性欲の為に、自らの肉体を汚す人ではないと、薄々感じていました。

この年で一度キリで切れてしまう性交は、生涯処女で過ごすより辛く感じると思います。
でも正直なところ何度か恋愛してきても、男性の性の深さまで知るまでには至らず、ただ課題をこなしてきただけで、その先の学びはありませんでした。

その日限りとわかっていながら女を抱くのも男性の中に眠る優しさかもしれませんが、でもお情けを頂いて思いやられる女心はより複雑となります。

ホテルの部屋に入り、二人でTVを観ながら長い時間、静かに過ごしました。
他愛もないお喋りに花は咲かないけれど、頬だけが赤く火照ってしまって、私は「おてもやん」みたいなホッペをしていたかもしれません。

ここでどちらかがシャワーを浴びにいけば、流れにまかせて次の段階に進めるのでしょうが!?、私には、それを伝える勇気もありませんでした。

結局、二人ともシャワーを浴びず、裸になりました。
カーテンを閉めることもなく、明るい光を浴びながら、とても自然に服と一緒に心のベールも脱げたと思います。

でも先生なら、シャワーを浴びず・・・そのままがいいと思いました。
ううん、離れてしまう独りの時間が怖かったのかもしれません。

そして私は恐る恐る先生の腕の中へと・・・。
その時、先生が私の肌を丁寧に撫でながら「もったいないなぁ・・・」と言ってくださいました。

この時以降、先生から肉体の評価を高めてもらったことはありませんが、私はこの言葉が聞けて本当に嬉しかった。
再び女としての命を与えられた喜びに震えました。

本当にたった短い一言でしたが、私には今もかけがえのない言葉となっています。
だってね、私は自分の肉体の醜さに耐えられず、性を封印してしまった女だから・・・。

でも今、思い出しても不思議なのは、先生と体を重ねた瞬間、まるでお互いの肌が吸い付き合うようにじわじわと馴染んでいく心地良さは、一体なんだったのでしょうね!?

まだ「愛」と呼ぶにはほど遠い、淡い恋の始まりでした。

もちろん今も交わるほどに深まる肉棒への愛しさはありますが、でもパズルのピースがピタッと収まるように、子宮の奥深くにしっくりと嵌り込んだ肉棒の感触は、もしかしたら?シンデレラのガラスの靴以上の愛証を感じたのかもしれません。
美 月


最後まで読んでくれてありがとう(*^_^*)
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知らない町を旅してみたいから、先生と旅してみた(前編)
(たまには過去記事から…この記事は2010年5月5日に書いたものです)

昨日は先生と都内を旅してきました。
世間はゴールデンウィークと晴天が重なってか?観光地のある駅は、大変、込み合っていました。

先生との旅はいつも摩訶不思議な世界なのですが、昨日もいつもと変わらず先入観という重たい荷物を一切持たない手ぶらな旅でした。

ただ人々が普通に生活する街をゆっくり散策してみると、曲がりくねった道の先には予想を超えたお宝が沢山眠っています。
博物館に飾られた歴史とは違い、匂いのする建造物との出逢いは感動です。

先生と歩きながら『果たして旅って何だろう?』と考えていた。

ガイドブックに載っていない場所を歩くとなると、いつもながらの珍道中ですが(^_^;)、でもね先生と歩いていると不思議と腹が立つことが少ないんだよね。

人は予想もできない出来事に出会った時、自分の存在を有利なものに仕立ててようとするのかな!?

旅行先で喧嘩をしている家族(夫婦)をよく見かるけれど、ハネムーン離婚が一時騒がれたのと同様に、サプライズを期待する割には、ハプニングに弱いのも人間だよね(汗)

先生との旅は出発に起点おいて到着までを辿る旅とは違って、出会う出来ごと全てなんでもありだから、格別に面白いのかもしれない。

まあ、どこへ行っても丸ごと異邦人の私ですが。。。。(^^ゞ

最近、旅もね、メーク(make)だと思うようになりました。
お化粧もそうですが、どんな世界を作っていくか?それが楽しみの一つでもある気がする。

誰かの意見に左右されて受け取る感動は物足りなくて、いつもどこかにオリジナリティーを求めてしまうのは、貧乏人根性が板に付いているからだろうと思っています(笑)

まだまだ豊かではなかった子供の頃、けれど本当はね「これ欲しい」と言ったら買ってもらえんるだろうなぁ?と、心のどこかでは思っていた。

もし?それでも買ってくれないのなら、思いっきり駄々を捏ねて困らせようと思ったかもしれないけれど、でもね、私の小さな望みを叶えたことで両親の苦労を増やすのは嫌だった。

だからね、どんなものにも自分の世界を創ってしまうことで、誰も持ってないお宝をいっぱいに増やそうと思えたのかもしれない。

京成線、曳舟・・・。

高層ビルと隣り合わせにある下町の暮らしを垣間見た。
駅の真向かいには、昭和30年代に誰もが夢を競って描いただろう公団住宅が立っていた。

四畳半一間で家族と肩を寄り添い暮らしていた東京人にとって、3DKでお風呂付と言ったら夢の住宅だったに違いないと思う。

1000人に3人程の当選確率の中で夢を手にした家族達も、今は皆、高齢者となっているのかもしれないなぁ。
時折吹く強風に煽られながら、物干しにしがみ付くように干された洗濯物を見ていてそう思った。

上海では万博が行われることで市民生活に規制があるらしいけれど、東京スカイツリーのお膝元となるこの街も、洗濯物の干し方に規制が敷かれるのかな?と思ったら、馬鹿馬鹿しいほど愚かな規制だと思ってしまった。

私としては中国の人が自分の生きてる街をパジャマで歩いて何が悪い!と思ってしまうけれど、旅人が札束振って観光客でござる!という意識を持っている以上、それぞれの国の持つ豊かな文化に触れることはできないだろうと思う。

その街を訪れ、人に触れ、時の流れを知る、これも旅の楽しみだと思う。
旅人はその町に吹く風にそっと触れらたらいいと思うし、町って言うのはね、生活している人がいるから街になるのだろうからね。

そのうち『東京下町丸ごと博物館計画』となってしまうのか?と思うと、元東京人としては、ちょこっと悲しいけれど、「その土地を愛する人達がいる限り、街は存続し続けることが出来るのだろう」と先生に言われて、ちょっぴり元気を取り戻した。

旅の途中で、一人の男性が廃墟(立ち退き)となった住宅地の一角に忍び込んだのを目撃した。
先生と私は、じっと路地の先を眺めていた。

   誰も居ない路地

懐かしくも物悲しい風景に、私は必死になって何かを探そうとした。
でもついさっきまでケンケンパをしながら遊んでいた子供達は、どこにも見つからなかった。

夕ご飯のカレーの甘辛い匂いも、安っぽい植木鉢もなくなった玄関先のポストには、元の住人の名前だけが家族の軌跡を物語っていた。

「悲しむことはないんだよね・・・」そう自分に言い聞かせる。

「皆、立ち退きの代償はちゃんと貰っているんだよね・・・」と先生に聞いた。

先生は黙って「うん」と頷いて、そっと手を繋いでくれた。

あのね、仕方ないことだってわかっているんだよ。
私だって大人だし、汚いことだってしたし、人を見捨てたことだってある。

だけどね、追いてけぼりに去れたポストだけが、この路地の最後の瞬間を見届けるのか?と思うと、遠い記憶を思い出し、ちょっぴりセンチな気持ちになった。

東京スカイツリーを恨めしそうに眺めるかように、銭湯の煙突からは黒い煙がモクモクと立ち上っていた。

   曳舟湯

この煙が絶え消えることのないように・・。
そう願うのは旅人だからではなく、貴重な日本の文化財産の一つに触れる機会を与えられた者の一人として、後世に伝承していきたいものの一つであり、私の心を今も奮い立たせる潤滑油が銭湯の明かりだからかもしれない。

きゃあ~、すごい大袈裟だよね、我ながらそう思う(笑)

「この銭湯が売りに出たら買いたいっ!!!」と先生に言った。
もちろん!先生に買ってもらうつもりで言ったんだけどね(*^^)v

次回のお話は、先生、大絶賛の京成線、立石に今も昭和の香りがそのまま残る「呑んべ横丁」へと続きます。
美月

最後まで読んでくれてありがとうm(__)m
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知らない町を旅してみたいから、先生と旅してみた(後編)
京成線、立石にて…

先生と昭和の残り香を嗅いできました。
「忘れ形見」と言った方がいいのかな!?

この一角を散策している時に出会った年配の方々が、名残惜しそうにカメラのシャッターを仕切りに押す姿を見ていて、『形見』という言葉が浮かんできてしまいました。

旅はここから始まりました。

 
呑んべ横丁3

今回、ブログに掲載するにあたり、果たして私ごとき旅人がこの地を淡々と語って良いものか?と悩んだくらい、 感慨深い横丁でした。

 
呑んべ横丁1

先生の背ではどこの店も頭を低くしなくては入れない間口、看板の文字は左から書かれていて、横丁全体の外観を眺めれば、波打って歪んだ屋根がこの横丁の古さを語りかけてきました。   

 
呑んべ横丁5

 
呑んべ横丁6

きっと呑んべ横丁の隣にある仲見世商店街で買い物をした客が、帰りに一杯引っ掛けて帰るのかな?
どの店も長居をするほどゆったりした席のない、マッチ箱が横並びになっているような店の並びから感じました。

訪れた日はDEEPな町探検マニアも結構来ていて、食い入るような視線で横丁を写真に収めていましたが、年配の方々のツアーは、それとは違ってどこか寂しげに見えました。

 
呑んべ横丁9

多分、パソコン教室でデジカメ機能習得するお仲間なのかな?
年配者の手には持ち主と不釣合いな高級デジタルカメラが握られていて、それがあまりにも古びた横丁とアンバランスな気がしました。

アナログだっていいのにね・・・現像液の匂い染み付いた白黒写真だっていいのにね。

生き残る者は時代の流れに添いながら、その姿、形を変えて生きる。
そして消え行く者は、その原型を留めたまま時代に葬られるのか?と思うと、まるで思い出の形見分けをしてもらっているように思えて仕方なかった。

 
呑んべ横丁5

もちろんそう思ってしまうのは、傲慢な感性であり、悲観的な考え方であると思っています。

でも皆さん揃っている時はとても楽しそうにツアーを満喫していた個々の人であっても、私がカメラを構えた隣で懸命に最新式機械と戦っていた老婦人の瞳に物悲しさを感じてしまっただけに、感情が複数に割れしてしまい、カメラを持つ手が揺れました。

ふとみると、先生が居ない…私は急いで先生を探しました。
なぜか?この中にいることが急に怖くなったのです。

 
呑んべ横丁4

一軒、一軒の店を眺めていると、狭い通路を大勢の人が行き交う姿が浮かんできました。
幻の中に生き残る人間の足跡に触れてしまったような気がします。

店先で喧嘩をしている人、酔っぱらって罵声を上げている人、スタイルとは不釣合いな高いヒールを履いているホステスさんに絡みつく客に、流しのギターに涙する人・・・。
でも、私のカメラには決して映ることのない人々の影とざわめき。

 
呑んべ横丁10

 
呑んべ横丁11

今まで当たり前に傍にあったものがなくなってしまう悲しみはとても深く、それゆえに私は今まで人と深く交わろうとしなかったのかもしれません。
ううん、愛交わる喜びが失う悲しみに勝るものだという事を、ただ知らなかっただけなのかもしれない・・・。
 
 
呑んべ横丁8

でもね換気扇辺りにこびり付く漕げた油の匂いと、トイレに蔓延る異臭が、私をしっかりと今も生きるこの場所に戻してくれました。

人が生きている生活臭をハッキリと感じるのは、この場所が人工的に造られた異質世界ではなく、人の情が育てた世界であり、今もその存在を残している横丁だと思うと、前回の記事で書いた廃墟への思いとはまた違った旅情を感じました。

街の各所に掲げられた再開発反対の旗を見ると、この場所を生きたまま過去の物にしようとする動きがあることも事実のようです。

 
呑んべ横丁7

存在していたものが消えてしまう物悲しさに加え、大切な物を失ってしまう悲哀が心に漂う街。
それは私が子供の頃に観ていた商店街に落ちるオレンジ色の夕陽と同じなのかもしれません。
美月
最後まで読んでくれてありがとうm(__)m
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