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不倫であっても愛することに変わりなく、愛することで満たされたい。 心が生きると書いて性となるなら、淫らさもまた愛の証だと思っています。
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ちょっとHな男と女の格言集(1)
貞淑な妻が欲しいなら、淫らな女にすることね。

忠実な淫行が愛の誓いになるのだから…

美月 

PS…かなり自分勝手な物言いですが、私なりの『男と女』を時折書いていこうと思います。

読んでくださる皆様も恋愛指南、切ない恋、ちょこっとHな格言など思いつきましたら、コメント欄にて投稿くださいね。

あっ!どうしても書きたい人は、『人生』についてでもいいですよ(笑)

言葉遊びは人間しかできない楽だから、みんなで仲良く遊びましょう!
投稿いただいた作品は『みんなの格言集』として、当ブログで発表させていただきます(*^^)v

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一途だからできること
過去記事より引用 (2011年2月20日に書いたものです)

先週は木曜日に先生に逢いに行きました。
最近、新たな馴染みの店となりつつある中華料理店に行き、マスターから紹興酒のボトルと杏仁豆腐をご馳走になりました。
この店に一歩入ると、どこでもドアで本場中国にいる気分になります。
日本人のお客さんと言えば、私達を除いて中国女性に連れて来られる同伴客くらいしかいません。

どこか妖しい雰囲気の店ではありますが、お客さまが殆どいないのにも関わらず、それでも経営できているのだから、きっと一般の人が眠りにつく頃から、新たな夜を迎え賑わう店なのだろうと思います。

先生と逢える日は、いつも楽しく過ごさせてもらっています。
私の喜びが伝わるのか?…
先生と一緒に出会う人達には、とても優しく接してもらっています。

二人がいて二人が楽しめるようにとの心遣いに感謝しながら、私はいつも先生を見つめる。
だから先生がいなくなったら、見るもの聞くものが独り分になってしまうと思うと、何倍も寂しく感じると思います。

恋愛に関して日々ラブストーリーを綴るのは結構至難の業で(笑)、ネタとした気の利いた物語ばかりあるわけではありません。
毎日が記念日だけど毎日が初舞台ではないから、馴れた感性の中で言葉にしない大切な感情もあるしね。

二人なら単語一つでわかることも、単語一つを説明するのに何行も必要としなくてはならないものは、実はその殆どが文章から削除されてしまっています。
だから私はただ楽しい、嬉しいとだけ書いてしまうのかもしれません(*^^)v

それでも恋愛ブログです(エロブログかな???)

たまには気の利いたことも書かなくてはならない気がして(笑)
私が書くことに困っていると察すると、先生が「○○について書いてみたら…」と応援を出してくれることもあります。

今回は「宮城マリ子さんと吉行淳之介さん」についてでした。

お二人については、先生と色んなことをテーマに話してきました。
一途な愛、同士として、唯一無二の存在価値についてなど…語ればキリがないほど奥深さを持つお二人だと思います。

でも今回、私が書きたいことは、ねむの木学園詐欺事件についてです。
宮城まり子さんの口座から多額の現金が引き出された事件です。

(詐欺容疑で逮捕されたのは、作詞作曲家の広沢憲行容疑者、広沢容疑者が元学園職員の近藤由美子容疑者に引き出させていた銀行口座は宮城さん個人と学園のものを合わせて十数口座あり、被害総額は総額5億円に上るとみている)

ある記事にマリ子さんが事件に気付いたのは、昨年の六月だったと書いてありました。

昨年の六月???私の記憶に昨年の六月の感情が浮かびました。
岡山の吉備路文学館で『宮城まり子が選ぶ吉行淳之介作品展』を開催している時だと思います。
吉行さんは岡山で生まれた人だから、この地で17回忌をやろうとずっと思っていたのでしょうね。

関連ブログを読んで、「遺言状をはじめとした全ての展示物は簡潔でありながら愛らしくて…」とあったので、先生と行ってみたいなぁ~と思った。 でも岡山は少し遠かった。

「全著作権を宮城まり子に贈与する」

この一文が彼の遺言状らしいけれど、以前、先生と語り合った時の私は、この文面に憧れを持っていたような気がします。
心貧しい私は、愛が「形」となった一つのお手本として見ていたのかもしれない。

もちろん著作権譲渡=金銭的譲渡とは思ってはいなかったけれど、作家が作品の権利を任せてくれることに、彼の愛の深さを感じ取ろうとしていたのかもしれない。

先生がとある賞で大賞を頂いた日、私はとても嬉しくて、上野の空にも風にも感謝したい気持ちだった。
こんな感動の日を先生と迎えられたことが嬉しくて、また馴染みの店に行けば手厚いお祝いを頂いてまた感動。

大将とお母さんから送られたユリ(カサブランカ)の花束はとても重くて、歩くたびに香りが街全体を華やかにしてくれるほど優雅に香っていた。

一生懸命堪えていたけれど、お酒が入ると気が緩んでしまって、キャッチの男女と酔っ払いだらけの繁華街を歩きながら、「わんわん」と大声出して泣いちゃった。

「お前は馬鹿だなぁ・・・」

先生はそう言うと「もっと感動させてやる」と言ってくれた。
呑気な私が愚か者に見えてくるほど、とても厳しい顔をして先生が言った。
私は先生の日常の苦悩がわかるから、その言葉をとても重いものとして受け止めた。

あの日から、私は欲しがる物の殆どがなくなったかもしれない。
何もなくていいからね、何も残らなくてもいいから、先生がいつまでも私の傍にいてくれたらそれでいいと思った。
だから今更、岡山に行く必要もないと思ったので、先生に作品展があることも言わなかった。

確かに人を真似ること、人から習うことは、とても大切なことで必要なことかもしれない。
でも人間だから猿真似で終ってはいけないと、私は常に思う。

赤ちゃんは、最初意味なく笑うでしょ(笑)
でね、そのうちに微笑みを返してくれるようになる。
そして微笑むことが、お互いの喜びになることを知るんだよね。
大人になっても一緒だから、誰かを真似たらしっかり自分の行動として活用しなくちゃつまらないよね(^^♪

あれれ?話がずれちゃった…。
先生…、悪い癖だとちゃんと思っているけれど、癖ってなかなか治らないものだね(汗)

今夜私が書きたいことは、こんな呑気なことじゃないのに、どうも先生の顔が浮かんでくると気が緩んで浮かれちゃう。きっと私が思うより、私は先生に甘えているのかもしれないなぁ(^^ゞ

私は今回の事件を怒っている!…こうして書いている今も、本気でかなり怒っている。
それはね、詐欺事件に対してだけじゃないよ。

もちろん事件に対しては、怒り以上に学園の子供達が慕う人が今回の事件を起こしたことが悲しい。
そして被害者であるべき人(マリ子さん)を否定する人の心に触れれば、心はもっと切なくなる。

彼女は人を信じて騙されてしまったのだからね。
それを「老いたボケ」と書いていた人もいれば、養護施設を金儲けとしていたと書いていた人もいた。
彼女が口座にお金がないのに気付いたのが六月とすれば、去年の作品展を開くために、お金を引き出そうとしたのだろうと思う。
 
もし?彼女が金儲けに夢中なら、口座に残金が残り僅かとなる前に気付けたはずでしょ!?
施設のお金は、吉行さんの命の欠片でもあるから、彼女が大切に使わない訳ないのにね。

職人は苦悩する度に自分の命を削ってまでして作品を手がける。
今も彼(吉行)の命は、彼をお父様と慕っている施設の子供たちの命を生かしてくれているんだよ。
本当に大切な大切なお金なんだよ。

ねむの木学園を創ろうと思ったときに、彼女は彼と3つの約束をした。
  • 愚痴を言わない
  • お金が無いと言わない
  • 途中でやめない
「好きな人との約束だから、絶対に守ろうと思った」と今も生きている時と同じように、一途に彼を愛する彼女が、学園を大切にしないわけないよね。

彼女を批判をする人は、多くのことを調べて知り得てから、言葉を発したのかな?
ねむの木学園の子供たちが書いた絵を、一度だって真正面から見たことがあるのかな?

どの絵を見ても、ゆったりとした時間の中だから書ける作品ばかりだよ。
毎年どの作品をみても、どの子が書いた絵も、豊かな感性をしっかりと生かしてもらっている。

「慌てなくていいんだよ」 
「思うまま、自由に書いていいんだよ」

そんな優しい声まで一緒に聞こえてくる作品ばかりだよ。
見守る人はね、子供たちと同じ時間をいつも一緒に過ごしているんだね。

一枚の絵に百軒の家が書かれていても、家、色だけを先合わせて書き塗るわけでもなく、一軒ずつ、一窓ずつ、鉛筆、絵筆を置いて、一生懸命思案しながら、優しく書いているんだよ。

養護ではなく「愛護」だと彼女は言うのだけれど、世の中から愛されることが薄かった子供達が母と慕う彼女を批判できるほど強く豊かな人間なら、彼女の全てを引き受けてから否定すればいいよね。

ちゃんと顔を出して「俺なら…」、「私なら…」もっとこの子達を豊かにしてやる!と、ハッキリ言えばいいんだよね。
何もできない影ぼうしなら、せめて黙って静かに見守る優しさくらい持っていてもいいんじゃないかな?

世の中、批判や反論があって当然だと思う。
だから私は会社でもちゃんと「言いたいことははっきり言え!」とえばって言ってる(^^ゞ

その代わり、どうしたいか?どうするべきか?を伝える意思がないのなら、ただの愚痴などこの場で言うべきではないとも言っている。

だからね、会議であっても常に喧嘩が耐えないのだけれど、でもね、真剣に話し合う気がないのなら会議なんて決定事項の報告書だけ配れば十分だし、何も貴重な時間を割いてまでつまらない顔を突き合せている必要もないと思ってる。

他の会社はわからないけれど、意見することで自分の立場が不利になると考えてしまう状況に職場があるのなら、まずはそんな人間の下にいることを嘆げくべきだと思うよね。

「でも、そうできる人ばかりではないんだよ…」
うん、そう言われたことは、今まで何度もあるよ。

でもね、「どうしてそう思うのか?」聞いてみる。
「私を信じられないのに、私の指示に従って苦しくないの?」と聞いてみる。

私ね…、本当の強さは、優しさを沢山持っていることだと思う。
私はまだまだ人間としてはお粗末だから、事あるごとに感情が先走ってしまうけれど、先生と出会えたことで優しさに触れる機会が増えたと感謝してるんだよ。

この気持ちってね、感動なんだよね。
何も大それた出来事ばかりが感動を呼ぶのではなく、小さなことに気付けることで喜べることって沢山ある。
その感動を伝えられる人がいて、心と心がリンクした時の幸福ってね、かけがえのないものだと思うんだよ。

先生と出会ってから七年経って、以前よりもっとおばさん顔になってしまったけれど、眉間の皺は場所をかえ笑い皺へと移動した。
同じ皺でも場所が違うだけで、顔がちょこっと優しく見えるのだから、美的容姿なんてものは曖昧な判断かもしれないよね(^^♪

お越しくださった皆様へ…。

いつもご愛読いただきましてありがとうございます。
名誉もお金もない私が、こうして人様に心を伝えらているのも、日々応援してくださる皆様の支えがあってのことだと厚く感謝しています。

世間的に言えば不貞(不倫)をはたらいている女が語ることではないお題かもしれませんが、一つだけお願いさせていただけるなら、弱き人や手を差し伸べる人と出会う機会があったなら、どうぞその時は優しく接してあげてくださいね。

何気ない一言であっても、何気ない微笑であっても、いつまでも小さな思い出を胸に抱いて、感謝しながら生きている人も沢山いるのだからね。

何かをして損だと思うのではなく、何かさせていただることに感謝することができれば、人生は何倍も楽しくなると私に教えてくれたのは尊き神ではなく、同じ赤い血の流れた人の心の豊かさです。 

例えどんな試練であろうと…乗り越えたいと思う一途さを持つことで、辛い今があっても明日を明るい日と書けるのだと思います。
愛する人への思い、長年温めてきた感謝の気持ちを、これからも大切にしていきたい。
灰になるまで…

先生へ…
いつか私がもっと年を取り、世の中に流され心醜いと感じる時があれば、その時は菫の花を贈ってくださいね。 きっと宮城マリ子さんは、雛子のような女性なのかもしれませんね。

菫の花言葉は一途な愛です。
一途だからできることが、いつか深い感動に繋がるよう、これからもまっすぐ一本道で歩んでいこうと思っています。
美月 

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本気の恋をするのなら…
本気で恋することって、結婚するより難しいことかもしれないと、最近思う。
結婚は条件主義のところがあるけれど、恋に妥協できるほど心を粗末にできないからね。

恋愛のゴールが結婚ですか?
と言えば…今の時代、そう考える人が以前に比べて少なくなったかもしれないよね。

結婚に妥協はあると思う。でもそれ以上の社会的保証もあると思う。
でも妥協した内容を十分納得できないまま結婚生活を始めてしまえば、いずれ地割れしても仕方ないよね。

結婚したいと思いながら、なかなか婚期に恵まれない人は、なぜ?結婚できないか?考えるでしょ!?

相手の年収、外見など…己を弁えれば、高望みではないか?と思ったりするかもしれないし、多少、相手が描いていた理想像とは違っていても、社会、親、第三者からの眼で見た評価で考えてみたり、女性は子供を産むタイミングと年齢を照らし合わせて婚期設定するかもしれない。

でね、多少の不満足があっても、取りあえず結婚しておけば老後の心配も軽くなるだろうと思ったり、今は良いとしても身動きできなくなってから、理想の恋を成就できる可能性は低いと思うものかもしれないよね。

でもね、人生なんてものは、いつどんでん返しがあるかわからない。
だから面白いんだけれど、でも年収目当てで結婚した人の中には、時代の不協和音に流されてシンデレラの逆バージョン人生もあるから、いつでも掃除婦さんになれるよう、常日頃から汚いものに触れる習慣も必要だと思う。

それにね孤独死を恐れたりするけれど、独りだから孤独という訳ではなく、夫や妻が居たって元々死は孤独になるように出来ているんだよね。 
孤独死が不幸なのではなく、たとえ家族という枠組みの中に存在していたとしても、孤独感を感じながら生きている方が辛いよね。

でもずっと独り暮らしをしてきた人より、家族と住んでいる人の方が悲しみが深いのではないか?と感じる時は、とても切ない気持ちになる。

あっ!話がずれちゃったね、ごめんなさいm(__)m

結婚すれば三大幸福(愛、性、繁殖)が自動的に全て手に入ると思っている人は、自分勝手に描いた未来予想(老後の生活、寿命)から全てを逆算方式で算出した結果、結婚に踏み切るにあたり多少の妥協があっても適齢期に出会った人を運命と名付け、今、結婚しておくべきが妥当だと考えてしまうものかもしれない。

きゃあ~辛口だよね!誰かに石投げられちゃいそう(^_^;)
……なぁ~んてね、でもこんなこと…本当は書きたくなかった。
でも結果として書かざる終えない今があるのだから、やっぱり気付いたことは書くべきだと思う(*^_^*)

そうなると、本気の恋は結婚する以上に難しいのではないか?と私は言いたい!
結婚というゴールを持たない恋愛に、妥協はないと思うようになったからね。

でも最近、再びの乙女心が現れる時がある。
精神的繋がりをメインに愛することしか与えられない恋だからこそ、愛することだけに真剣になれる気がしてる。

だからとことん相手を知ろうとするし、一つでも多く共有できるものを作ろうと考える。
でも私の考えはいつも浅はからしいので、その殆どを先生が考えてくれているのが現状です(汗)

でもね、私にも声を大にして言えることがあるよ。
その一つに愛することで満たされる性は、何ものにも替え難い宝物だって思ってること(*^^)v

二人で築いた共有財産を宝として、精神的豊かさを求める人生を考えたら、やっぱり大人の恋に妥協はない。
だからね、時には喧嘩もするよね…、真剣だから大喧嘩になることもあるんじゃないのかな?

結婚生活で大喧嘩できるのは、まだまだ相手の存在を空気として見れていないのかもしれないよ。
喧嘩するのは嫌だろうけれど、でもね、理解してもらおうと思う意識があるから喧嘩をするのだろうし、何を言っても価値観の違いだと感じてしまえば、あえて大声を張り上げる必要もないと思う。

「願わくば穏便に…」が結婚の最大の理想だよね(*^_^*)

でも本気の恋ばかりが、大人の恋愛でない場合もあるんだろうね。
独りより誰かがいてくれた方が楽しいだろうと思ったり、多少付き合うメリットがあれば打算的な本気でない恋を選んでしまう人もいるかもしれないと思う。

セックスフレンド的恋愛があっても良いと思うんだよ。
お互いの理解の上で成り立つSEXなら虚しさも残らないと思うし、それにね、なんといってもフレンドだから愛人を抱えるほど重く圧し掛かったりはしないだろうしね。

どんな恋愛関係であっても本人が納得したものであれば否定はできないけれど、でもね、自分が望むものが何か?ちゃんとわからないと、道に迷うだけ迷って疲れだけを残す恋で終ってしまうような気がする。

愛することに疲れてしまうのは悲しいことだよね。
でも相手のことを愛することが生き甲斐だと思えるほど恋に命捧げられたら、他者から相対的に見た幸福観は不幸そうであっても、本人にとってみたらとても幸せな人生だと思う。

さて…あなたが愛する人に望むものはなんですか?
結婚という保証制度、寂しさを紛らわす黄昏恋、それとも人生かけた本心の恋…。

今回、多くの犠牲者を出した震災を目にして一番強く感じたことは、生と死を身近に意識することだった。
そして誰もが予期せぬ出来事でありながら、そこにも愛と絆の別れ道があったのではないか?と思った。

震災後、結婚するカップルが増えたらしいし、その反面、別れを迎えたカップルも多くいたと、何かに書いてあったし、誰かに聞いた。

確かに災害という試練に遭遇したことで愛を試された人もいただろうし、自分にとって大切な人のこと、人生の価値観が明らかになった人も沢山いるだろうと思う。

被災された方には大変申し訳ないと思いながら、それでも私は何より真っ先に先生と離れたくないと思った。
どんなに自然界の力が偉大だとしても、それでも最後まで心離れず先生の傍にいたいと思った。

二人で逃げたいとも思った。

「どこに逃げても同じ…だから逃げてはいけない」と先生はきっと言うだろうと思った。
私の思うとおり、先生は同じ台詞を口にした。
確かにどこに逃げたとしても微小な延命措置に過ぎないかもしれない。

でも「おぎゃあ~」とこの世に生まれた時から、生き物全てに与えられた宿命が延命ではないか?と常日頃から感じている私にとって、たとえ一日であっても先生と過ごせる時間を増やせることに、何より懸命でありたいと思った。

もちろん非難されるべき生き方だと思う…我侭な生き方であるとも思う。
でもね、愛する人達を置いていこうと思った訳ではないんだよ。

先生の愛する人達、私の愛する者…みんな連れて行きたいと思った。
逃げるのではなく、行くのだと…私は思ったからね。
でもね、かなり悲しいことに、当面みんなに安心してご飯を食べさせてあげられるほどの財力が私にはなかった(^^ゞ

私は幼い頃、豊かな暮らしの中で育った訳ではないから、お金がなくても生きていけると思っているけれど、物の豊かさの中で平然と生きてきた者達にとっての延命方法は、この場で生き残る道を選択するだろうと思う。

それにね、先生は気難しい人だけど、それ以上に心優しい人だから、決して愛する人達を不幸にしない人だと思ってるよ。それは人間だけに限らず飼っている犬も猫も薔薇も、先生にとって大切な家族だから置いていかないとわかっている。

不倫であることを承知の上でこの恋を選んだのは私だからね…、私が置いていかれても悲しいとは思えないし、思いたくもない。
もちろん先生と離れてしまう寂しさは強く感じるだろうけれど、でも先生を深く知れば、長年愛してきた人達を大切に思うのは当然だと思うし、私はそんな先生が大好きだから、好きな人の生き方に寄り添っていきたいと思う。

だからってね、何もしない訳じゃないよ!!!
静けさは私には似合わないと先生は思っているだろうから、私にも作れる幸福への架け橋って何かな?って考える。

与えられた時間に有効期限があったとしても、その何倍も豊かな時を創ろうと思う。
同じ一分であっても密度の濃い時間になるよう無い知恵絞って考えるよ。
それが私の生き方だからね…(*^_^*)
美月
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小さくても豊かな旅の一日
昨日は先生に逢いに行きました。
いつもより三倍も長い時間先生と一緒に過ごせた嬉しい逢瀬でした(*^_^*)

懐かしい私のふるさとのすぐ隣町、近くて遠い蒲田を探検してみた。
昔、すぐ近くにあったはずなのに、思い出は幼い頃のものしかなく、ただ通り過ぎる街だった。
道なりだけは変わっていなかった。
でも連なる街並みは記憶にないものばかりなのに、ちっとも寂しさを感じなかった。
 
だってね、先生が一緒だもん!!!
思い出に浸るより今、先生と歩いてることが私は何より嬉しくて、時代が流れてくれたことで先生に出会えたことに喜びを感じた。

蒲田駅の改札脇にカエルのショップがあった。
私はカエルが好きで、本物は苦手だけど、先生のお茶目なところがカエルソックリで可愛くて、カエルちゃん=先生になってる。

まんが喫茶の看板見るたびに先生が笑ってると思って楽しくなっちゃう。
私は先生の笑った顔が大好き…ううん、怒った顔も好き。
ホントは全部好きだけれど、でも先生の笑った顔は、私まで嬉しくなるから特別好きだよ\(^o^)/

お昼に中華を食べると、街探検を早々に引き上げ帰りの改札に着いた。
改札に入るつもりでスイカを出そうとしたら、先生がスタスタ早歩きでカエルショップに連れて行ってくれた。

店内全てカエルちゃんだらけ(*^^)v
先生が山になって笑ってるみたいで嬉しくなって、お店の中ではしゃいじゃったo(^-^)o

先生が一つ買ってくれると言った。
「好きなものを選びなさい。でも大きな物は持ち歩けないからダメだよ」…と言ってくれた。
でもみんな可愛くて、どれか一つ選べなかった。

あのね、全部欲しかったんじゃないんだよ。
どのカエルちゃんも表情が少しずつ違って見えて、その表情一つ一つが先生に思い当たるから選べなかった。

結局、私が一つ選べないと察した先生が選んでくれた。
その子を手渡された瞬間、どの子より輝いて見えて外の子が見えなくなっちゃった。


        相棒1

親バカに変身した私は、お店の人にお金を払い袋に入れてもらってる間も早く我が子を返して欲しくて、商品を差し出される前に手を伸ばしちゃった(^^ゞ

それから電車で上野に向かった。
電車の中でもカエルちゃんが気になって、結局、袋から出してあげちゃった。
やっぱりどこで見ても可愛い…可愛い過ぎる。

可愛いいと弄りたくなるでしょ???

電車の中なんてことはどうでもよくて、カエルちゃんを膝の上で踊らせちゃった。

先ずは先生に片手を上げて「よっ!こんちはっ」と挨拶してみた。
次は歴代ウルトラマンのポーズ。
「シェ~」とイヤミをやらせたり、仮面ライダーの変身スタイルは三号までやってみせたよ。

   相棒2

先生がね…小さな声で「もう袋にしまいなさい」と言ったけれど、私は好きなことにしつこいから、楽しいことを途中で止められないんだよね。

私達の席の前には、三組のカップルが座っていたけれど、呆れ顔、哀れみ顔、目を瞑って笑いを堪える人と、反応は様々でそれはそれで見ていて面白い!

ちなみに先生の風貌ってね…他人から見たら見事なほど真面目な男性に見られるけれど、そんな紳士が黙って悪事を許してるんだから、きっと他人さまから見た私は、頭のネジの緩い可哀想な人だと思われてたかな!?
そうおもうことで自分を一生懸命納得させようとしてる伏がみられたよ。

   相棒3

先生は女として見苦しい仕草や言動をすると叱るけれど、淫らな艶技と楽しく喜ぶ私を頭ごなしに叱ったりしたことがない。
でも怒ると怖いよ…私は何度叱られても懲りないんだけど、でもね、怒ると怖い人になる(^_^;)

先生は多少の体裁を気にしながら(笑)、それでも私の楽しみを取り上げたりしない素晴らしい人だよね。

体裁気にして喜び捨てる人生なんて、ちっとも面白くない!!!と私はいつも思ってる。
「みんな一緒」に意味なんてないし、それにね、人に気を使って好きなこともできない生き方に魅力なんてないしね(^_-)-☆

ストレスはね…人から与えられるものばかりではないと思うんだよ。
ストレスを感じないタイプの人ってね、自分の価値観をしっかり持ってる人だから、人との違いにいちいち惑わさたりしない。

「本当の自分さえわからないのに、他人のことなどわかるはずない」
…と先生はいつも言うけれど、私に関して言えば、先生は私以上に私のことを知っている気がする。
 
この人の腕の中にいて、幸福でないはずないよね(^^♪

幸せが不幸な事実より上回っている今を、常に先生が与えて続けてくれるから、私は1日重ねる度に昨日よりもっと先生を好きになる。

先生に出会う前、幸せは三歩進んでニ歩下がるくらいがちょうどいいのかな?と思わされそうになっていた時期があった。
でもね…先生と一緒にいると後ろに下がる必要なんてどこにあるのだろう?と思う。

短い一生だからこそ前を向いて歩くんだよね。
蒲田に行って懐かしさは感じなかったけれど、一つ忘れ物を拾ってきたよ。

生臭い匂いのする川を渡ると、薄汚い街に入る。
暑い夏の日、靴屋の商売道具を使いに出された。

靴の踵(かかと)修理に必要な部材を買いに蒲田に通った。
人の履き古した靴を自転車の籠に入れて、小学校の脇を通ればクラスメートが暇そうに遊んでた。

「絶対に幸せになってやる。その為なら何でもやってやる!」

奥歯を噛みしめ誓った私を思い出の中に見つけたよ。

あの頃目指した幸福と今ある幸福は少し形が違って見えるけれど、実は目指す中身は同じだったことに昨日気付いたよ。
私は物に豊かさを求めていたのではなく、貧しい心を豊かにしたかったんだね。

カエルちゃんの前にダイヤモンドもくすんでしまう。
私の一番の宝物は先生…何ものにも変えられない唯一無二の存在です(^_^)v

PS…先生へ・・・

昨日はカエルちゃん、買ってくれてありがとう(*^^)v
独り帰る電車の中でも嬉しくて抱っこしてしまったし、一緒に布団に入って寝たよ。

そうしたらね、先生の夢を観ることができた。
夢の中で先生がいっぱい笑ってた。私も嬉しくて一緒にいっぱい笑っちゃった。

私ね…こんな素敵なプレゼントを貰ったことがない。
屋台のとうもろこしも、父と先生にしか買って貰ったことがなかった。

先生、また旅に連れて行ってね…。
遠くに行かなくても小さな旅でも素晴らしい時間旅行ができるよね…二人なら…。
美月

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6月6日…晴れのち晴れ
雨の季節でありながら、いつも6月6日は晴れる…。
昔、かわいいコックさんを絵描き歌で書いてた頃から、そう思ってた。
そして今日も晴れた。

どんな時も心が曇っていれば、見えるものも見えなくなるよね。
でも光が眩し過ぎて、影が見えない時もある。

昨日、一昨日と喜びに浮かれ、闇の中で苦しみもがく人の心に寄り添う優しさを忘れてしまっていたかもしれない。

私は幸福にしても不幸にしても、自慢にしてしまうところがあると、先生が叱ってくれる。
叱られなければ知りえなかった私の悪い癖の一つです。

幸せになりたいからね…
幸せはいつも自分の心で決めているけれど、時に幸福を語ることが傲慢な行為ではないかと思う時もあるんだよ。

吾木香(われもこう)になれない私。

PS…

浮かれた心が多々ありました。
コメントをいただいた方の心情を察すれば、もっと丁寧な言葉を選ぶべきでした。
誰もがする人への思いは深く、それでいて計りしれるものではないと思うと、反省させられます。

6月6日は、娘の誕生日です。
雨にも負けじと付けた名は今日のこの日に相応しく、初めて我が子を胸に抱いた純愛を思い出せば、することの尊さに感銘を受けます。

人の夢と書いて儚いと読むのではなく、愛の軌跡と読めるよう、これからも先生の背中を追い続けていこうと思っています。
美月

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