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不倫であっても愛することに変わりなく、愛することで満たされたい。 心が生きると書いて性となるなら、淫らさもまた愛の証だと思っています。
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愛ってね・・・願うことから始まるのかもしれないね
思い立ったら・・・走ってしまう。
それは何に対してもそうなのかもしれない・・・。

なぜ?走る・・・と先生に言われることが良くある。
私はあわてん坊でもあるから、この前も待ち合わせ場所を巡って、二度ほど電車を勝手に乗り換えてしまったし…(^_^;)

なぜ?急ぐのか?と問われれば、そこに焦りはなく、走れる場所が見つかると、ただ嬉しくて走ってしまうのだろうと思う(*^^)v

子供の頃は走るのが好きだった。

運動会のかけっこは一等賞ばかりだったから嫌いではなかったけれど、人と競って走るのではなく何げなく走り出してしまいたくなる時が好きだった。
ゴールなんてなくても、どこまでも・・・どこまでも・・・遠くまで走っていけるような気がした。

いつしか走ることが嫌いになった。

何の為に走っているのか?わからなくなって、それなのになぜ?走らなくてはいけないのか?わからなくなった。
そんな自分は好きじゃなかった。

走りながら、後ろを振り向く。
また少し走りながら・・・過ぎ去った景色の中に忘れた何かを探してる。

私はずっと砂浜に絵を描いていたのかもしれない。

波が来れば消えてしまうとわかっていた。
それでも心に描いた幻を現実のものとして書き上げたくて、遠くでうねる波と時を争いながら、いつか消えてしまうだろう儚さに願いを込めていたのかもしれない。

結末を知れば、誰もやらないだろうこと・・・。
それは生きることも同じかもしれないよね。

私は運動会が大好きだったし、コースのない路地裏を忍者のように走っている時も好きだった。
そして誰の眼に止まることない絵を、灰色の砂に懸命に描いている時の寂しさも嫌いじゃなかった。

それは誰も知らないことだけれど、でも・・・いつか・・・誰かにこんな私を知ってほしいと思っていたのかもしれない。
言葉で伝えなくても「お前なら・・・きっとそうするだろうよ」と優しく微笑んで欲しかったのかもしれない。

特別、神様にお願いして貰った出会いなどないと思う。
でも私の心に願いがなかったら、貰えなかった出会いもあると思う。

「願いってね…、願うから叶うのよねっ・・・」

そう言い続けた母の願いは、叶ったのかなぁ?
きっと母の願いは、父を愛する喜びを「願」としていたのだろうけれど、両思いなのに片思いだったのかな。

どんなに愛されても、愛されるたびに愛が深くなってしまうからね。
女は男に恋する限り、永遠の片思いを覚悟しなくてはいけないのかもしれないね。

あといつかしたら・・・
母の最後の願いが叶う日が訪れるだろうけれど、今の私ならその日を穏やかに迎えられるような気がしてる。
美月
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真昼の初夜
42歳のまだまだ寒さ深い季節、初めて先生に抱かれた日のことを書いておこうと思います(*^_^*)

先生に初めて抱かれた日は、ランチにハヤシライスを食べました。
その店は、ハヤシライスが美味しいと有名だそうですが、私は食べ終わった後のことを想像すると緊張してしまい、流し込めるほど柔らかい牛肉も喉を通りませんでした。

お店を出てから、先生が予約してくださったホテルまで二人で歩きました。
私は自分が途中で逃げてしまわないようにと、先生の腕にしがみ付いて歩きました。

もちろん先生に抱かれることが嫌なのではないのです。
それは先生に恋焦がれるようになってから、待ち望んでいたことでもあるのです。

愛を求めれば、遅からず性にも欲がでてきます。
性の世界には遊びもあるのかもしれません。
でも私は愛すれば愛するほど、お互いの肉体の価値が高まるものでありたいと思っていました。

そんなSEXを味わってみたい・・・。
愛する男に抱かれながら色付く女になりたいと、年を追うごとに願望だけが強くなります。

でも世間の風潮で言えば、「おばさんが抱いてもらえるだけありがたいと思え!」が主流となっているようで、求められること=性処理便所と呼ばれているような気がしてしまったりね。

日常では背筋を伸ばし良い女を気取っていても、内面では貧しい心が不安感を誘うのです。
幸福になりたいと願っていながら、一歩踏み出す勇気がなかなか出ない。
でも心にまっすぐ問えば、どんなに惨めな姿を晒しても、幸福への望みを捨てたくはないと思うのです。

久しく男性に見せていなかった裸体を真っ昼間に晒すと思うと、もし?その場で先生の欲情を満たす女でないと判断されてしまったら、私はその後、どうすればいいのか?と思いました。

きっと先生は、そう感じた瞬間、私をその場で抱くことはしなかったでしょうね・・・。
先生が飢えた雌猫一匹の無意味な性欲の為に、自らの肉体を汚す人ではないと、薄々感じていました。

この年で一度キリで切れてしまう性交は、生涯処女で過ごすより辛く感じると思います。
でも正直なところ何度か恋愛してきても、男性の性の深さまで知るまでには至らず、ただ課題をこなしてきただけで、その先の学びはありませんでした。

その日限りとわかっていながら女を抱くのも男性の中に眠る優しさかもしれませんが、でもお情けを頂いて思いやられる女心はより複雑となります。

ホテルの部屋に入り、二人でTVを観ながら長い時間、静かに過ごしました。
他愛もないお喋りに花は咲かないけれど、頬だけが赤く火照ってしまって、私は「おてもやん」みたいなホッペをしていたかもしれません。

ここでどちらかがシャワーを浴びにいけば、流れにまかせて次の段階に進めるのでしょうが!?、私には、それを伝える勇気もありませんでした。

結局、二人ともシャワーを浴びず、裸になりました。
カーテンを閉めることもなく、明るい光を浴びながら、とても自然に服と一緒に心のベールも脱げたと思います。

でも先生なら、シャワーを浴びず・・・そのままがいいと思いました。
ううん、離れてしまう独りの時間が怖かったのかもしれません。

そして私は恐る恐る先生の腕の中へと・・・。
その時、先生が私の肌を丁寧に撫でながら「もったいないなぁ・・・」と言ってくださいました。

この時以降、先生から肉体の評価を高めてもらったことはありませんが、私はこの言葉が聞けて本当に嬉しかった。
再び女としての命を与えられた喜びに震えました。

本当にたった短い一言でしたが、私には今もかけがえのない言葉となっています。
だってね、私は自分の肉体の醜さに耐えられず、性を封印してしまった女だから・・・。

でも今、思い出しても不思議なのは、先生と体を重ねた瞬間、まるでお互いの肌が吸い付き合うようにじわじわと馴染んでいく心地良さは、一体なんだったのでしょうね!?

まだ「愛」と呼ぶにはほど遠い、淡い恋の始まりでした。

もちろん今も交わるほどに深まる肉棒への愛しさはありますが、でもパズルのピースがピタッと収まるように、子宮の奥深くにしっくりと嵌り込んだ肉棒の感触は、もしかしたら?シンデレラのガラスの靴以上の愛証を感じたのかもしれません。
美 月


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愛の儀式を選ぶなら・・・
ずっと前・・・先生に「女は儀式に拘るねぇ」と呆れられたことがある。

というのはね、先生と出会ってしばらく経った頃、二人の愛の儀式(記し)があったらいいのになぁ?と思った。
それは特別、二人一緒じゃなくてもいいんだけど、先生へと愛の契りを私自身と結びたかったのかもしれない。

愛の証・・・。

結婚のような生涯保険のようなものではなく、この出会いを・・・先生を・・・私の心と体に記したかったのかもしれないなぁ。

でね、先生にお互いの血液を入れ替えない?と提案したことがある。
私達は同じ誕生日だけど血液型も一緒だから、この際なんでも一緒でいいんじゃないと思った。

先生からのお返事は・・・最初無言だった。
次にこの話題をできれば放棄したいのだと悟った。
そして触らぬ神に祟りなしとばかりに、別の理論を用いて流された(^_^;)

子供の頃。。。
薔薇の刺青を太ももの内側に入れた女性を銭湯で見たことがある。

湯船に入る時にちらっとだけ薔薇が見えるんだけれど、この薔薇をしかと見れるのは愛する男しかいないのだろう?と思ったら、私にはもの凄く魅力的でその潔さに美しさを重ねてしまった。
そして肉体に刺青を彫ってまで誓える愛って、どんなに深くそして幸福なことなのだろうと思った。

いつか・・・
いつか私も真から愛する人が出来たら、その時は薔薇とその男の名前を彫ろうと思ってた。

それを先生に言ったら「お前ならやりそうだ!!!」と恐れられ、 しっかりと刺青の必要性を窘められたので彫ってはいないけれど(笑)、その変わり先生と出会っ記念にピアスの穴をもう一つ開けた。

      
ピアス
上のピアス部分が「先生専用穴」です。

離れている時間も先生と一緒にいたい・・・それはいつもそう思ってる。

だけど愛の儀式に拘らなくても、先生の体と私の体にはお互いの精液と愛液が交じり合っていて、少なくてもこの七年間で小さな細胞ぐらいにはなっていると思う。

夫婦であれば、子を産み愛の証とするのかもしれない。
けれど精子と卵子が合体したところで、結局、体外に出してしまうものだから、男と女が完全に一体化した形ではないと思うんだよね。

だって現に誰の精子と卵子であろうが、子供を創ろうと思ったら創れてしまうものだからね。
だからね子供を作ることに意味があるのではなく、二人で育てる過程に証が生まれるのだろうと思う。

それなら何も子供だけに捕らわれなくてもいいような気がするよね。
家庭であれ、商売であれ、二人で創る世界ならなんでも同じことだと思う。
まあねこう考えるから、世間から捻くれ者だと言われるんだろうけど…(^^ゞ

そこで頭に浮かぶのがSEX(^_-)-☆

お互いの精液や愛液を体内に沁み込ませることで、いずれ血となり骨となるでしょっ!?
ちなみにそこまで大袈裟じゃなくても、私の美容サプリとなっているのは確かです。

先生が私の分身で(これは嫌がるだろうなぁ?)私が先生の分身になる(これはとても良い”)
そしたらね、私はいつも先生と一緒だよねっ(*^^)v

だけどね・・・
それは特別なものとしてではなく、先生の体の一部だから好きっ!

愛しいものには自然と唇が誘われる。。。
愛しさと美味しさは、どこか似ているような気がするねっ(^_-)-☆
夏は熱情の季節です…美月

PS…先日先生から貰ったコメントにはこう書いてあった。

普通の人間ってのは、自分のスタイルを認識しつつ、自分の論理過程を確かめつつ、そこから逸脱しないように話を進めていくものです。 
 
ふ~ん、なるほどそういうものなのか?と初めて思った。
今まで指摘されたことがなかったから、とっても新鮮だった。

だけど、そうすることで何になれるのかな…人間かなぁ???
でも自分のスタイルって、どう決めればいいんだろうね・・・(^^ゞ

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先生に逢いに行きます
こうして夕暮れの電車に駆け乗り、もう何度先生に逢えたかな…。

週に一度を七年分数えれば、沢山の思い出になるけれど、
大好きな人に逢える喜びは出会った頃と変わらない。

好きな人がいるっていいなぁ~と思う。

逢いたい人に逢えるって、とっても嬉しいことだよね。
美月

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満たされて…
先生と逢えただけで幸せなのに、体が離れた今も幸福に満ちている。

先生に出会って恋して愛して満たされて…。

愛する人に犯されながら、天に召されるセックスほど幸福を感じる時はないよね。

私はこれほどまで人を深く愛せたことがなかった。

それは相手に対しても自分に対しても、信じることができなかったからだと思う。

先生はこの世に絶対はないというけれど、決して揺らぐことのない信仰心を持っている人は沢山いると思う。

誰が愛を語っても自由なんだよね。

愛って言葉にすると簡単だけど、終わりのない物語みたいだね。
美月

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