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不倫であっても愛することに変わりなく、愛することで満たされたい。 心が生きると書いて性となるなら、淫らさもまた愛の証だと思っています。
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久しぶりに…
先生の言葉を最後に、このブログを閉じている間も、時折読み返しては自分を戒めてる。

8月に誕生日を迎えて五十歳になったけれど、自分の立場も弁えず、まるで幼き子供が訳もわからず駄々を捏ねるような真似をしてしまったことを反省する為にもね。

それでも先生は許してくれた。

それからも色々なことがあった。
一定時間の中にも現実がいっぱい詰まりすぎて、少しだけ早く年を取ってしまったような気がする。

先生の奥様は去年の夏、突然、大切なご家族とお別れしなければならなくなった。
愛する人を失う悲しみに触れ、先生や子供達の気持ちを思うと胸の奥が締め付けられる。

秋には先生が食道癌の手術をし、早期発見だったこともあり一週間の入院生活の後、元気になったけれど、それでも先生の身体にほんの小さな変化を見つけると、何かあるのではないかと心配になる。

今年の桜を先生と一緒に見れたことが嬉しかった。
いつもの年より早咲きの桜を追いかけるように、上野の山も例年通りの賑わいを見せ、花冷えに肩を寄せ合い酒を酌み交わす人々の宴は、桜に勝るほどの勢いで活気づいていた。

色々なことがあった昨年だったけれど、カップ酒の熱燗をちびりちびり飲みながら、今年も二人で桜を観ることができて本当に嬉しかった。

開花を心待ちし、それでいて散って行く儚さや潔さに人生を重れば泣きたくなるほど切なくなる。

特別、年齢を意識しながら日々過ごしているわけではないけれど、でもね、この桜をあと何回、観れるかと思うと風に揺れ落ちる花びら一つも尊いものに思えてくる。

寂しさなんてね…、人と交わる喜びを知らなければ、知らずに済んだ感情なのかもしれない。
だからね、寂しさを感じられる人は愛に触れたことがあるんだよね、そして失った悲しみを知っている。

桜を見上げて微笑む人がいて桜の下で涙する人がいても、限りある時を一心に生きる桜なら許してくれるような気がした。

地上の灯りが照らされた明雲が影絵のように美しく桜を投影していた。
幾重にも重なり合う枝が、もう二度と離れないとしっかり抱き合う男女の姿に見えてしまうのは、私の心を映してしまうからでしょうか…。

「来年も一緒に観れるといいね」
「ああ、観れるだろう…」

そう言ったのもつかの間、今、先生は私の傍にいない。
出会ってからずっと大切にしてもらったのに、私は自分が情けなくて仕方ない。

先生の人生の決断を気持ちよく後押しできなかったのは、なぜだろう?

長年勤めた会社を辞めるというのは、それ相当の覚悟があったよね。
私の仕事の何倍も責任のある仕事を任されていた先生だから、きっと何十倍も疲れていたのだろうね。

エリート人生を知らない私にとって、あまりにも破壊力のある決断に心がよろめいてしまった。
もちろん私にとって先生の履歴が重要なのではなく、先生がどんな職業であっても、先生の頭の中に詰まっている知識と才能に感動したと思う。

でもね、なんでも先生の言葉の引用になってしまうけれど、お互いの過去の道筋があって出会えたのだからと言ってもらえると、高学歴、高収入で先生自慢するわけではなくて、先生が歩んできた道がこんなのもお粗末な私に繋がっていたなんてラッキーだなぁ~と思うと宝くじに当たったよりも嬉しくなってしまったんだよね。

確かに宝くじの一等は魅力的だけど、でも先生を買えないのなら価値がないもんね。
それなら地道に働いた方がいいよね。

あっ、話が飛んでしまった。
私の悪い癖、いつまで立っても直らないね。

どんなに忙しい時でも、どんな状況であっても、先生は以前と変わらないペースで逢いに来てくれていた。
疲れているからたまにはゆっくりとした休日を過ごして…と言えなかったし、先生に逢いたい気持ちが優先していえなかった言葉がたくさんある。

それも先生は許してくれていた。

だけど、男性の家事と仕事の両立は難しいと感じていた。
もちろん女性も同じように両立している人も沢山いるだろうけれど、でも少しずつ要領を得て今があるのとは違って、何もかも初体験の連続だったと思う。

このブログを久しぶりに書こうと思ったのはね…、
先生と過ごした幸せな時間を、このまま何ごともなかったように子供達に真実を隠して死んでいくのは嫌だと思ったから…。
それではあまりにも虫が良すぎるでしょ。

主人とのこともそうだけど、子供達には話したいことがいっぱいある。

ただね、ずっと前に先生が言ってくれたの、少なくてもあと10年は子供達に黙っていた方がいいって…。

丁度10年目にあたる年は一番下の息子が高校卒業で、上二人の子供達であれば色々なことを受け止められる年齢になるということだよね。

きっと話したら嫌われてしまうだろうね。
でもね、先生の支えがあったから、この9年間、子供たちと笑顔で接することが出来たんだよね。
そうでなければ…今の幸せはないといっても過言ではないよ。

頑張って…頑張って…心を繕ったっても女優さんじゃないんだもん、ドラマのように短いサイクルで違う人を演じられるわけではないしね。

先生から十一面観音の話を聞いた時、母親の私、早熟な私、先生を大好きな私…、色々な私がいるのだと気付かされた。

一人の人間が単純にひとつの顔しか持っていないと考える方が間違いだと言われて、色々な顔は一つの本質があって、それが置かれた環境によって枝分かれして現れてくると教えてもらった。

※十一面観音はその深い慈悲により衆生から一切の苦しみを抜き去る功徳を施す菩薩であるとされている。

だからね、先生に色々な私を受け入れてもらえたことで、十一面観音のように穏やかな顔になれた。

私が泣いていたら、怒ってばかりいたら、人を妬む心のまま子供達に接していたら、きっと今の子供達の笑顔はこの世にはない。

そう思うと、先生は父であり、母でもある人なんだよね。

私は誰よりも尊敬する先生に対して酷いことをしてしまったのだから罪深い、子供達に真実を告げる罪も深いね。

自分の産んだ子供を一人では守れなかった親としての情けなさ。
どうしても先生に逢いたくて、少しでも長く傍にいたくて、母としての心置き去りにして出かけていく薄情な女。

その他にも、昔のこと、今のこと、子供達に話していないことがいっぱいある。
だから良いことも悪いことも書き残して、私という人間を知ってもらいたいと思うんだよね。

これも自分勝手な生き方だと思う。
でも最近、自分を満足させることができなくなっていた。

会話に言葉が続いてこないんだよね。
言語能力が著しく低下していて、まるっきり単語が出てこない。
元々活字の配列の苦手な脳みそが腐ってしまっているのかもしれない。

先日、父のところに見舞いに行った際(背骨を骨折して自宅療養中)、83歳になる父が外にでれず刺激を受けない生活を2ヶ月続けていたためボケてきたのではないか?と心配して、テレビから出てくる言葉を拾って漢字の練習をしていると言い、スーパーのチラシの裏の白紙に間違った単語を何度も書いているのを見せられて、励まされるどころか…またまた自分の不甲斐なさに落ち込んでしまった。

今年になって先生にも何度か指摘されたけれど、私はダメな人間なのだと感じてる。

それでも今日、末の息子の入学式に出席するにあたり、指定された駐車場に車を止める際、突風が吹き荒れる中でも根を張り頑張っている桜の木を見つけて、これではいけないとやっと少し思えるようになってきた。

桜の花びらは散り始め、ところどころ若葉が芽吹き始めていた。

「だから年は取りたくない…」

艶やかに咲き潔く散る桜のように生きたいと思っていた若い頃の私が、今の私を観たらきっと面と向かって言ってしまうだろうね。

先生は寝る間も惜しんで自分の時間を作ろうとしていたのに、私はちょこっと眠りすぎてしまった。
最近、また夜更かしができるようになった。

子供の頃から夜が好きなんだよね。
暗闇が静けさを強調してくれるから誰にも邪魔されることはないしね。今日はあと少しすると明け方に跨り月が上ってくる。

春の夜空が好き。乙女座が春の星座だからかな・・・。
自分勝手に希望の星と名づけているんだけどね、乙女座のスピカの澄んだブルーとアルクトゥルスのオレンジ色を並べて夫婦星と言われているけれど、先生と私は乙女座だから余計に輝いて見えてしまうのかな。

今日はあと少しすると明け方に跨り月が上ってくる。
消えかかる薄い三日月に数日後の新月の時を知らされると限りある光に切なさを感じる。

晴れても雲っても、月だけはいつも空の向こうで私を待っていてくれているような気がするのは、先生と出会ってから感じたことだった。 

先生に出会えなければ知ることもなかったことが沢山あるのは幸せなことだけれど、一人ぼっちは寂しいことも知ってしまったんだね。

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おはようメール
朝、いつもの時間に件名「おはよう」メールが届いた。
先生からのメールだと思い震える指先でフォルダーを開いた。

知り合いから商品注文の依頼だった。
ありがたいけど、素直になれない。
そうでなくても嫌いな月曜日なのに、朝一番の挨拶が仕事のことだなんてね。

滅多に鳴らなくなった着信音に心弾ませ、一瞬のうちに天国と地獄を味わったよ。
「大袈裟だ!」といってくれる先生はいないけれど、ちっとも大袈裟ではないんだよね。

こんな気持ちは誰だって同じでしょ…。
一番の好物を目の前で横取りされたら悲しいもん。

だけどね、長年の習性を底辺に戻すのは難しいよね。
最近、覚えたことはすぐに頭から抜けていくのに、身体で覚えたことは忘れない。

朝「おはよう」と誰もが使う挨拶だということを忘れてしまうほど、「おはよう」=は先生になってしまっていたんだね。

今頃、先生は会社にいるのかな、嫌な思いしていないかな?

以前はね、仕事の合間にもメールし合えていたんだけど、先生が本社に引き戻されてからは一日会議ばかりでちょっとした心の動きが読めなくなってしまった。

忙しい思いをしている人に、風の音を伝えても花の香りを届けたくても一方的な観賞に終ってしまう。
忙しいって心を亡くすと書くけれど、こんなもぴったりな組み合わせはないよね。

会社を辞めるとなっても退職までには時間がかかるから、この時間は肩身の狭い思いだろうね。
それでも、その先に自らが望む世界が待っているのだから大丈夫だよね。

先生にはいつまでも威張っていて欲しいな。
ちょっぴり頑固なところもあるけれど、心優しく頼れる人だからね。
晴れた空の下で見せてくれたあの誇らしげな笑顔、いつかまた観れる日を待っているよ。

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お疲れさま
「お疲れ様…」

特別、疲れていなくても、そっと優しく言われたら嬉しいよね。

たまには晩酌しながら季節に因んだ杯を並べ、1日の労を労う夜があってもいいと思う。

こんな小さなことに憧れを抱く日が来るとは思わなかった若い頃、未来の自分をどう思い描いていたのかなぁ…。

「おかえりなさい」

「いってらっしゃい」

そう言える家族がいるだけでも幸せとするべきなのかもしれないけれど、やっぱりどこか物足りない。

小さい頃は上ばかり見てた。

貧しさを嘆けば上をみたらキリが無いと諭され、人を哀れめば下をみたらキリが無いと言われた。
上も下もキリが無いのなら、どこを見たらいいんだろうと思うよね。

どこにいても幸せならそれでいいんじゃない?などと言われたら最後、次に登場するのが幸せと不幸なんだけど、これは上と下より難しいテーマだった。

まあね、未だによくわからないんだけど、この世の中は全てが相対的なのかもしれないとは思うんだよ。

どっぷり不幸漬けの人生を味わえば、ほんの些細なことにも喜べるはずだけど、最近、どこまでが幸せでどこまでが不幸なのかもわからなくなってきた。

幸せは自分の心が決めればいい。

でも境界線上の迷える仔羊状態は大変危険だよね。
下手をすると不幸の上塗りになってしまう。
この年になって上塗りは化粧だけで十分、ご飯は半分くらいが丁度いいね。

幸せは贅沢が好きなのかもしれない。
だって幸せになると、今をもっと豊かにしたいと思うでしょ。
それはお金じゃなくて、心の豊かさに繋がるもんね。

毎日、この時間になると、先生の退社を待って過ごしていた。
帰りが遅くなる日は尚更のこと、朝の次は夕方と、先生から送られてくる帰えるメールが楽しみで、何気ない言葉のやり取りに励まされていた。

九年間ずっと変わらず待ち焦がれていられたのは、私の大好きな時間だったからなんだね。
休息の為、帰りの電車で寝てしまう先生だけど、たまにはメールが行ききすることがあって、そんな日はなんだか得した気分になっちゃった。

あれ?先生と過ごせる毎日が幸せだったのに、小さなサプライズにも幸せを感じられたら相対性理論はどうなるのかな?
はて、私はどんな不幸と向きあっていたのだろう?

不幸なんて気付く暇なく先生のことばかり考えていた。
きっと先生のことを考えている時間に満たされていたんだね。
過ぎた日々もこれからの毎日も、先生を慕う気持ちだけは自由にしてもいいよね。

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夕暮れ時
今日が静かに暮れていくね。

夕暮れに女が一人溜息つくのは寂しいものだね。

春なのに秋みたい。

食べたい物が見つからない。

美月



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コメントありがとうございました
ロザリーさん&aoihimituさん…コメントありがとうございます。

そして心配してくれて本当にありがとう。
お返事が遅い時間になってしまってごめんなさい。

久しぶりに再開したブログで、以前、お越しくださっていた方々にお声をかけてもらえるなんて思いもかけなかったことなので、とても嬉しく思っています。

いずれ灰になるまで恋を…を再開する時は、先生と過ごせる今の幸せを惚気たっぷりで伝えたいと思っていました。

このブログを立ち上げた当初は、先生と出会えて幸せなこと、そしてたとえ倫理的に反した関係であっても幸せになれる、…なってもいいよね、そんな思いを書き続けたかった。

昨年の秋、先生に食道がんの疑いがかかった時は、本当に心配で夜も眠れないほどでした。
病名がはっきりしたことで新たな希望を見つけることができ、また優秀な病院の先生との出逢いもあり、初期段階で見つけることができて、手術も体に最小限の負担で済むよう配慮いただきました。

おかげさまで先生の体は元気になりました。

でも昨年は先生にとって色々なことがありすぎて、今は前より体も心も疲れきっていると思います。
仕事と家事に追われる辛い毎日でも、先生は私の念願だった一緒に暮らす準備を進めてくれました。

入院中はお見舞いに来てくれた弟さんに挨拶をさせてくれようとしたり、自宅に呼んで子供達に会わせてくれたり、一般常識では驚かれるようなことかもしれませんが、私は先生の気持ちが嬉しかった。

人付き合いは薄い人間ではありませんが、誰かに必要とされることが嬉しくて、それが大好きな人なのだから幸せに涙してもいいですよね。

今までも離れては先生の元に走ってしまうことがいっぱいありました。
そして、このまま離れたくない、帰りたくない、ずっと傍にいたい…私の感情が収まりきれない時もありました。

上野発、金沢行きの夜行列車に飛び乗ろうとした時は、先生と一緒なら何にも怖くないと思いました。
駆け落ちならできたのかもしれません。
でも逃げるように姿を消すのは自分らしくないようにも思いました。

子供達の住む家を出るのであれば、たとえ理解されなくてもちゃんと説明して出て行きたかった。

今更のことなのできれいごとだと思うでしょうが、でも一度逃げてしまったら一生逃げてまわらなければいけないような気がして、それでは幸せになるどころか、周りの人に迷惑をかけるだけで終ってしまうように思えました。

先生が決断してくれたことに喜びを深めながら、それでいて今の私には出来ないことがあるのは大変不義理な話ですが、私が想像していた以上に子供の成長が遅かったことは予想外でした。

子供が幼い頃なら気付けずに済んだことが、月日を重ねるうちに同年代の子との開きを感じていく。
何が出来ないわけではなく、やんちゃ坊主と片付けてしまえばその程度かもしれません。

私が子供の頃なら気は優しくて力持ちのジャイアンのような子もいっぱいいたのですが、社会に出すまでにはあと少し時間がかかると思います。
それでも子供には明るい未来を期待しています。

ただ私にとって3年であっても、先生にとって3年は10年にも相当するほど先の話だと思うのです。

果たしてどこまで生きていられるか?
それはどの命であってもわかりませんが、一度、死を目前にした人とそうでない人では死生観も大きく違ってくるものですよね。

今死ぬほど大変な思いをして暮らしている人に、10年苦労しろと言えるとすれば、それは若い人への叱咤だけではないでしょうか。

先生は一生懸命働き、家族を支えてきました。
だからね、50歳を過ぎてまであえて苦労する必要などないのです。
今だから出来ることが先生にはあるのですから…。

長年、先生の熱い思いを聞きながら、私は何の役にも立つことができなかった。
大切な人が、一番、傍にいて欲しいと感じる時に、私は突き放すように一人ぼっちにさせてしまった。

昨年の暮れ頃から、ううん、退院後すぐかもしれませんが、少しずつ何かがズレ始めているようには感じていました。

「もう限界だ…許して欲しい」

昨年の暮れ、残すところあと二日で年が明ける日に、私の至らなさが原因で喧嘩になってしまったのですが、その時、先生から言われた言葉が頭の中から消えることはなく、こんなことを言わせてしまう私は最低だと思うようになりました。

それでも先生のことを諦めることが出来なくて、何度も何度も追いかけました。
でも追いかけるたびに、また辛い思いをさせてしまうことになる。
そんなことを繰り返すたびに、いつしか私が居なくなれば先生は幸せになれると思うようになりました。

破天荒だった私が良識に怖気づいてしまえば、なんの面白みもない女です。

先生は道義的責任と自由人として何ものにも強制されず自らの運命を自分で決めることができるという性格の二つをバランスよく持っているのですが、私は片方が崩れれば残った方が色濃くでてしまう凡人タイプだと気が付きました。

先生に褒めて欲しくて子供のように一途に過ごした9年間でしたが、今の私に何一つ自信のもてるものはありません。

先生に映る私がいないのであれば、鏡は割れてしまいます。
愛する人を失うと同時に、私は私を失いました。
けれど、投げやりな行動を起こして自分を駄目にすることはしませんから安心してくださいね。

寂しいだけでいいんです。
だから寂しくなる理由や原因を探るつもりはありません。

一人は寂しい…ただそれだけがいいんです。
寂しい気持ちがある限り、私は先生をいつも傍に感じることができる。

そして夜が静まれば、こうして先生のことだけを思うことができる。
今まで先生からもらったメールを一通ずつ読み、一番先生似のカエルのぬいぐるみを誰に遠慮することなく思いきり抱きしめることができる。

相変わらず…
少々ずれた感性かもしれませんが、寂しさが深ければ深いほど幸せを感じているのかもしれません。

どんな結末であれ、長年思いを寄せた人を失うということは死んでしまったも同じこと。

生きていればいつか逢うことができるかもしれない。
そう思えば気持ちが楽になるかといえば、そうならない日々を悶々とした気持ちで過ごせば、虚しさばかりが募るのではないかと思うのです。

先生に向けて「虚しい」という感情は持ちたくありません。

虚しさとは無言の抗議のような気がして、自分を受け入れてもらえない限り続く無気力な状態だと思うからです。
そんな悲しい思いのまま、先生を思い続けたくないからね…。

ロザリーさん、今も一番弟子でいてくれたのですね。

私が書くことが人様の励みになるとは到底思えないのですが、その時々の心は常に真実だと言ってもらえたこと、本当に嬉しかった。

だからありのままの今を書くことができたし、過去の記事も隠さずにおこうと思います。
その時の私は、その時しかいなかった私なのでしょうからね。
美月

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最後まで読んでくれてありがとう。
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