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不倫であっても愛することに変わりなく、愛することで満たされたい。 心が生きると書いて性となるなら、淫らさもまた愛の証だと思っています。
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明けましておめでとうございます
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

一年というのは忙しいものですね。

締めたと思ったら明ける?

きっと昔は「明けまして」は「開けまして」と書いたのかもしれませんね(笑)

土曜日は先生に門前仲町に連れて行ってもらいました。

初詣客で賑わう富岡八幡宮と深川不動尊をお参りしながら(いや、お参りはしなかった)それでいて気分はいつもと同じ浮かれています。

大好きな人と腕を組んで歩ける幸福があるんだもん、これ以上お願いすることもないんですよね。

…言うと欲張り扱いされちゃうでしょ(笑)

神様が嫌いってことはないのだけれど、私が感謝を伝えるべき人は先生なのだとお参りするたび教えられる。

私がいつも笑っていられるのは先生のおかげだからね。

手を合わせる先生の背中にそっと手を合わせ、この幸せがいつまでも続くように願う。

毎年、新年の願いは一緒だなぁ~。

何も変わらない。

変わったことがあるとしたら、お互い少々年を取ったということくらいかな。

まあ、大したことじゃないよね(^^♪
美月

先生へ…

いつも楽しい旅をありがとうございます(*^_^*)

実は私、本来、冬季は出不精で(デブ症じゃないですよっ”)引きこもりなのですが、先生と出会ってからというもの、真冬でも歩きながら笑っています。

おまけに、寒空の下、不忍の池の袂で日本酒片手にフランスパンをかじりながら、隣のベンチに座ったミカンおばさん二人を小ばかにできるほど元気です。

この寒さの中でも南房総の花達は咲き始めているのでしょうか。

私は寒いところが苦手なので、毎日、泣きそうになりながら肩を竦めて仕事をしているけれど、先生と一緒の時は温室に居るみたいに暖かい。

今年はイチゴ狩りをしましょうね。

餌を付けられる自信はまるでないけれど、横須賀の海で釣りもいいなぁ~。

乗馬は並足から速足、駆け足にステップアップして、今年の終わり辺りには暴れん坊将軍の真似事ができたらいいね。

夏は一ノ宮の海岸で泳ごうね!

大きな浮き輪にラブラブ二人乗りもいいよね(笑)

先生、一人じゃないって…本当に素敵なことだよね。

楽しいことが次から次へと浮かんできちゃう。

そして楽かった時間を回想していると、いつも最後は涙がでちゃう。

この幸福もいつかは終わりを告げる時が来るかと思うと、あまりにも殺生で切なくなる。

離れたくないと思う。

…思ったところで永遠の命など手に入らないと思うけれど、姿かたちは変わっても、ずっと傍にいたいと思う。

愛する人を慕う思いは、子供のようにまじりけがない。

こんな自分と出会えたことが、何より幸福なことだと思っています。
美月

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今日の積み重ねが愛
先生…

「ずっと一緒にいようね」

と書くと、まるで中学生みたいだけれど…

今日の積み重ねが未来となり、

重ねて思う心が愛だと教えてくれた先生だから、

私はいつまでも先生の今日と一緒にいたいと思っています。

灰になるまで恋を…美月

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3777通と3244通
今夜も先生にメールを送ることができた。

一日の終わりに先生にメールを送る。
こんな生活を10年近く続けてこれたことが何より嬉しい。

恋をする者同士だから、心離れてしまうことがあったとしても不思議ではなかったかもしれない。
でも、今は、二人がいるから連絡し合えることに喜びを感じる。

3777通…
私が先生に送ったメールの数は一日一通より多く、いつのメールを読み返してみても、ちっとも成長していない。

長文の日もあれば、おやすみの挨拶をして短く閉じた日もある。

それでも私が先生を思う気持ちは、喧嘩中のメールにも記されているのだから、過ぎた時間を一人振返るのも楽しいけれど、それは先生が居ての一人であることが必須条件だけどね。

3244通…
先生から送られてきたメールは、読むほどに記憶に刻まれる。

携帯メールを入れたら数え切れないほどの「おはよう」と「ありがとう」が綴られているんだね。

たとえば出会った頃と今とでは、持ち合わせている感情に違う箇所があるかもしれないけれど、でもその時その時の先生の言葉は今も鮮明で決して古さを感じない。

私は先生といつも一緒にいたいと思っている。

でもそう思う心の一欠けらほどに、文章を用いて会話が残せた年月にも感謝したいと思っている。

先生の言葉は魔法のように私の心を簡単に操ることができる。

世界一の幸せ者にもなれるし、一人が似合う女にもなれる。

喜びや悲しみがあり、病める時もあれば、再び立ち上がろうと決意し、明日に進む為の葛藤など、話題に事欠く事がないのは離れた時間を持つことなく傍にいられたからだと思う。

最長で10日ほど音信不通の時があったけれど、心が遠のくどころか、便りのない日が長引けば長引くほどに、先生の存在の重みかかり、何気ない日常の何倍も先生を近くに感じた。

私は生まれてからこれほど長い間、一つのことに集中したことがない。

恋には賞味期限があると思っていたし、同じことを繰り返し行う人間関係において、マンネリ化するのも仕方ないことかもしれないと思っていた。

先日、先生にそのことを話したら、「俺たちもずっと一緒にいたらそうなるかもしれないよ!」と言われ、内心むっとしてしまった。

いや、内心というのは人に見つからない心だとしたら、私の場合、しっかりと態度に現れてしまうのだから、発する心かもしれないけれど、でも何年経っても、先生が近いと嬉しくなるし、遠ざかると寂しくなる。

それは月の満ち欠けと同じ、満ちれば明るく欠ければ暗い。

えへへ…、でもね、先生がそうなると思っても、私はそうは思わない自信がある。

だって私は先生のことを考えている時間が好きなのだということに大分前から気付いていたからね。

数少ない好きなことを失うなんて考えただけで切なくなる。

こうして今夜も先生のことを思いながら一日が終るけれど、夢でも逢いたいと思うのだから、恋というのは麻薬以上に依存性が高いものなんだね。
美月

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今を大切に思えることに…
昨日、今日と、毎月の楽しみとなっている乗馬に出かけました。
もちろん場所は大好きな九十九里浜です。

天気予報の週末大寒波警告に脅かされながらも、多少の寒さは感じたものの、海はとても穏やかで静かな午後でした。

今回、先生のお供はアクアさん、そして私のお供は…前回、先生を振り落としたダイナさんでした(^^ゞ

前回はローズさんも、先生を乗せた馬(名前は知らない)も、そしてダイナさんも…険しい目つきで落ち着きがなかったけれど、今回はどうなのだろう?

馬に乗れるのは嬉しいけれど、でも怖さも覚えたし、そして馬は生き物であることを強く意識した分、乗る馬が決まるまで少し心配だった。

馬小屋からダイナさんが先に引いてこられ、手綱を預けられると緊張感が湧き上がってきた。

アクアさんが出てくるのを待つ間、今日も暴れん坊だったらどうしよう思った。

少し他人の振りをして様子を見たけれど、でもこんな気持ちで私が乗ったら馬も面白くないだろうと思いなおし、ダイナさんの顔を撫でながら話しかけてみた。

ゆっくりと鼻筋を撫でると甘えるように頬を寄せてきた。

ダイナさんはとても落ち着いていた。

馬場での練習をそつなく終えと外乗へと向かいながら、先生と再び海に出ることができて良かったと思った。

先生の緊張は、私の何倍も大きかったと思う。

でも、ちょっぴり悔しいけれど、素人の私が見ていてもわかるけれど、馬に跨る姿がしっくりとしてる。

私はというと…見た目にもお粗末で、馬の上に狸が乗っているような感じだろうなぁ~(^^ゞ

でもね、二人でできることを一つでも多く楽しみたいと思っているから、馬に教えられながら頑張ろうと思う。

インストラクターの先生から教わることは何一つ無駄がないけれど、馬が教えてくれることは人の心にとても似ている。

だから馬に乗る時は穏やかでいようと思う(^^♪

乗馬を終えると、お楽しみの第二ステージへ…

月一の九十九里浜行きは乗馬を楽しむだけではなく、先生と二人の時間をたっぷり過ごせて嬉しさ倍増です。

でも「二人の時間」と時間限定なら都内でも可能だけれど、もう一つの千葉行きの楽しみは、地元の美味しい食材を食べられることにある。

海の幸、山の幸…好きな物だけでテープルをいっぱいする。

ここ最近は一ノ宮にあるコンドミニアムタイプの宿に泊まるので、新鮮な食材を手早く調理して食べる。

ううん、本当に美味しい物は手を加える必要はなく、素材の甘みは調味料を選ばない。

塩と醤油だけで十分過ぎるほど美味しさが際立ってくる。

この年になるまで色々なものを口にしてきたけれど、改めて食に対する意識が高まってきた。

余計なものはいらない。

誤魔化しのきかない食材こそ健康の源になると思うし、食べることを楽しみながらの食事は心の豊かさに繋がるよね。

平日は会社で忙しいランチタイムを過ごし、夜は夕食の支度から片付けと落ち着ける暇のない先生だから、休日くらいゆっくり食事をして欲しいと思うんだぁ~。

いつもながら、私の話はどうでもよいことを並べてばかりで申し訳ないと思うけれど、先生が楽しそうにしていると私まで嬉しくなる。

夜、黒い海に揺れる月光に魅せられたね。

月の明るさを消し去れば、陸と海の境さえ見えなくなるほど闇は深いけれど、大好きな月を大好きな人と静かに眺めれば、月明かりが金と銀の鞍を映し出してくれる。

まだ夜が明けぬ朝に窓の外を眺めれば、一面の銀世界にこの目を疑ってしまった。

雪道での帰宅のリスクを考えれば、頭を抱えるところかもしれないけれど、10階から眺める自然の偉大さに言葉を失うほど感動してしまった。

えへへ、危機管理能力全開で帰宅方法を思案する先生には大変申し訳なかったけどね。

でも…なんだろうなぁ~。

私が好ましくない出来事に遭遇しても、かなり呑気いられるのは、先生と一緒なら何でも平気だと思っているからだけどね。

宿を出る際、車に積もった雪を二人で下ろした。

そんな些細な出来事も映画を一本見るより楽しい思い出となった。

先生は何気ない時間を楽しいものに替えてくれる名人だから、私を笑わせるなど簡単だと思うけれど、私は林屋パー子さんに負けないほどくだらないことで笑ってしまう。

先生が笑えば私は笑う。
笑う門には福来るというけれど、幸せは来るというより湧き出るという方がしっくりくると思うんだけどね。

先生に出会えて良かった…。

本当にそう思うんだよね、そう思うとね、なんだか涙が出ちゃうんだよね。
美月

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大人の朝帰り
大人の朝帰り

まだ動き出す前の街の風は澄んでいて冷たく、二人揃って俯き加減に気だるく歩けば、それぞれの職場へ忙しなく向かう人とすれ違うたび少し気まずく、それでいて本性に従う自由さが朝日の中でやけに眩しく光って見える。

お酒を飲むと心がほころび帰りたくなくなってしまう。
帰るといっても空間や環境といった場所ではなく、このまま瘋癲な世界に留まりたくなってしまうのかもしれない。

それにしても50歳を過ぎて通常の社会生活からはみ出した時間を共有できる人がいるのだから、人生は歩き方次第で幾らでも楽しいものに変えられると思える今が何より嬉しい。

先生と出会う前、たとえようのない侘しさを感じていた。
心を埋める手段を模索しながら、虚しさの正体さえ掴むことができず、身を竦めて時の流れをただ見送った。

元々寂しいから恋がしたいと思えるほど純情な心を持ち合わせてはいなかった。
もしかしたら恋の醍醐味がなんであるか、理解できる感性を持っていなかったのかもしれない。

それは友情も同じであり、大勢の人に囲まれることを望みながら、円熟すれば安っぽい人情ドラマの主人公と化している自分を恥ずかしく思う捻くれ者だった。

そんな自分と向き合いながら、寂びむ心で過ごした時の代償が42歳で静かに炎上し、その付けが回った(高じた?)おかげで長年追い求めてきた空想の人物と出会うことができた(^^ゞ

『災い転じて福となす』

そう思ってしまえるのは自意識過剰な性格の表れかもしれない。
それでも嬉しい出来事との出会いには素直に感謝したいと思う気持ちは常にある。

先生はまるで自分を見ているような人だった。
だから相手の心読むことなく、思いのまま振舞える自由さに安らぎを与えられている。

今思うこと…
幸せは自分の心が決めるものであり、いつ何時も我が人生の傍観者になってはいけないと…。
美月

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