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不倫であっても愛することに変わりなく、愛することで満たされたい。 心が生きると書いて性となるなら、淫らさもまた愛の証だと思っています。
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長生きしたいなら程々に…
昨夜、先生から送られてきたメールを読んで、今までを振り返り今後について考えた。

[お前と一緒にいたらアル中になるなぁ~]と書かれていた。

確かにね…そうならないとは言いきれない。
飲酒に限らず、喫煙、強欲なまでのセックスにしてもそうだけど、二人でいると思うまま感じるままの自由を楽しんでしまう。

先生と私は、とても気が合うのだろうと思う。
年を聞かれればそれなりの年齢になったけれど、二人揃うと若い頃に似た感覚に戻ってしまうのかもしれない。

生涯青年であることに不満足はなく、むしろ望むべきところだけれど、でもね、残された時間との兼ね合いを考える時、このままいけば早死にするかもしれないと思う。

もちろん全てが開放された世界にいるのだから、心は満たされるよね。
愛する人が居て、愛する人と仲良くできる時間への喜びや感謝が、今の私を十分に楽しませてくれている。
私は先生がいるだけで、この人生を嬉しく思ってる。

嬉しいってね、女が喜ぶと書くけれど、まさに今ある幸福は漢字のとおりで、娘でもなく嫁でもなく姑でもなく、一人の女として人生を楽しめる機会を与えられているのだから嬉しいに決まっているよね。

でもこのまま行けば、一般社会人としての秩序を放棄し、いわゆる快楽主義者になってしまうのかもしれないなぁ~。

まあね、こんな生き方って楽しいよね。
まさに桜そのもののような生き方だからね…どこか艶めいて見えて潔い。

けれど先生は利口な人だから、この幸福を継続させたいと思える。
そうなれば健康的な生活へ改善を計ろうと考えてるのはもちろんのことだよね。

以前、何かで読んだ記事に「高学歴の人の寿命は長い」とあった。

男性と女性共にいえることだけれど、高学歴の人の方がお酒やタバコを飲んだり、吸ったりせず、痩せていると発表している。ただしお酒に関しては、高学歴の女性の方がよりお酒を飲むという結果が出ている。

そして高学歴の女性に比べると、学歴の低い女性は低所得者になりやすく鬱になりやすいとも書かれていた。
でもねぇ~、これってどんなものなのかなぁ~…???

確かに賢い人は、自分自身を分析する能力を持っているよね。
だから鬱状態を回避する方法を独自で編み出し活用できるのだと思う。

でも飲酒、喫煙だけをとって考えれば、高学歴の人の寿命が長くなるというのはわかるよね。
ただここに幸福度数が加算されると、統計通りになるかどうかは定かではないけれど…(~_~;)

私は勉学に励んだことがないので学歴社会の厳しさがよくわからないけれど、夢や情熱を注ぎ込み懸命に学んだ歴史を学歴というのだろうと思っている。

だから深い理解は出来ないけれど、一度だって高学歴の人を馬鹿にしたことはない。
えへへ!当たり前だよね(笑)、私のようなお粗末な女に馬鹿にされたら、生きていたくなくなると思うもん。

学歴について書きながら、「遊び」を引き合いに出すのは大変申し訳ないと思うけれど、「遊び」にも似たようなところがあって、一生懸命でないと何も後には残らないんだよね。
そういう意味では、私は色々なものを遊びの世界から教わった。

それでも私は先生と一緒にいる時間を少しでも長いものにしたいと考えてる。

「なんでもいいの…あなたの望むようにして…」というのは、優しいようで優しくないのかもしれない。

もちろん先生がそうしたいのであれば、私もそうする。

「お酒飲みすぎじゃない!?」

「煙草は健康によくないわよ!」

と面と向かって言える人こそ、本当に愛情深い女なのではないかなぁ~と、最近思ったりする。

母の愛情を持てばそう言うよね。
愛する者を守るためなら、鬼にもなるのが母親だからね。

だけど、子供を卒業した男に母親の愛は届かないこともあるでしょ(笑)
でも時には母のような感性で、愛する人を守る覚悟も必要だと感じたよ。

その反面、生まれてからあと少しで50年になろうとするのだから、その半分くらいは多少の我慢を強いられて生きてきただろうと思うと、残りの25年は好きなことをして欲しいと思ってしまう気持ちにもなるんだよね。

若い頃から人生を三等分に分けて考えてきた。
同じようなことを書いた作家がいたけれど、私は算盤塾に通っている時から五の段が好きで、唱える時に声も大きくなる。

だからかなぁ~…、漠然とだけど五の倍数に人生設計を載せてきたのかもしれない。

生まれてから親と過ごした25年、結婚したのは25歳だった。
そして今、先生と50歳を迎えようとしている。

だけどね、50代からの第三期は25年先を観れないような気がしてしまう。
そうなると残された時間の大切さを身に染みて感じるよ。

さてこの25年を次の25年を迎える為の準備に使おうか? それとも私らしく思いっきり生きてみようか?
そう思う心の裏側で母のことを思い出すと、これからの25年は好きな時間をできるだけ沢山持ちたいと思ってしまうんだよね。

母のことは誰もが勝手に長生きすると思ってしまっていて、まさか59歳であっさりとこの世を去ってしまうなどと思わなかった。
もちろん誰にしても命の保証などどこにもないのだけれど、その人の持つ波長(イメージ)が長波に思えた分だけ、母の生涯を短いものに思ってしまうのかもしれない。

まあね、とっても矛盾しているんだけどね…。
それでも離れたくない、いつまでも傍にいたい先生がいるのだから、心を入れ替えようと思った。

でもね、こうして色々なことを考えられるのも、先生がいるからだよね。
きっと一人でもあれこれ考えたのだろうと思う。だけど言葉にしない分だけ、実行力は低くなるからね。

(少し愛して…長~く愛して…)

昔、大原麗子がお酒のCMで使っていた言葉だけど、そう言って微笑んだ彼女も今はもう居ないんだなぁ~。
あのCM好きだったなぁ~…。
美月

最後まで読んでくれてありがとう 
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