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不倫であっても愛することに変わりなく、愛することで満たされたい。 心が生きると書いて性となるなら、淫らさもまた愛の証だと思っています。
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憧れのマドンナ
先日、「吉原炎上」をTVドラマを観ていた。
ドラマのラストに、吉原で亡くなった花魁達が眠るお寺が映し出されていた。

先生と吉原を旅したことがある。
確かに今と昔では景色も違うよね。

花魁と呼ばれた人達は、後に娼婦と名を買え、遊郭はソープランドと変わってる。
それでも体を売らなくては今を生きられない女がいることに、何の変わりはないのかもしれないよね。

梅の花が咲くと思い出すのは、格子戸の奥に鍛錬に手入れをされた白梅の香りに三味線の音色。

昔、仲良しの友達の家の隣にお妾さんが住んでいた。
子供の私でさえ、彼女がお妾さんだと知っていたのだから、お妾さんの存在は社会的に隠されるものではなかったし、むしろ公表されていたんだろうね。

「●●さんのお世話になっています」
…と挨拶をしていたし、もちろん妻も承知しているのだから不倫ではない。
ましてお妾さんを持てるのは「男の甲斐性」とまで言われた時代だったしね。

旦那様と呼ばれた方は、彼女の家で殆どの時間を過ごし、彼女の元で静かに亡くなった。
でも商店街の葬儀屋で葬儀が営まれることはなかった。

お妾さんと呼ばれた女性は、小唄のお師匠さんだったけれど、誰も「妾」などと彼女を罵る事はなかった。

当時は世間も貧しくて、結婚=腰掛(生涯保証)とまでいかなかった時代だったから、内職仕事に精を出す主婦の間でも、高貴な男性に囲われることへの憧れがあったように思う。

場末の女は「泥棒猫」と呼ばれた。
だけど彼女の美しさと凛とした生き様、尚且つ、女に定職の無い時代に自立した女性であったことで、当時の主婦には文句を付ける要素が見つけられなかったのかもね。

でもね、今振返ると、本当のところどちらが世話になっていたのかなぁ~と思うんだよね。

旦那様の身なりはいつもキチンとしていたけれど、お妾さんは贅沢を好むような人ではなかったしね。
お肉屋さんでも、魚屋さんでも、金持ちぶることはなかった。

それでも酒屋さんが配達するのは特級酒ばかりだったらしいけれど、旬の野菜を肴に晩酌する程度の生活ぶりだったようだから、もしかしたら?旦那様は、お金持ちを廃業してしまっていたのかもしれない。

なんとなく…そんな気がしていた子供の頃、それが事実だとすれば、とても素敵な女性だったと思う。
最後まで愛する人を、旦那様のままの姿で見送った彼女の心粋は、まるで桜のように潔いよね。

女が一度咲くと決めたら、どんな試練も受けて立つ。
心底惚れて尽くせる人に出会えたことだけで、彼女の人生は誰よりも幸せだったんじゃないのかなぁ~。
美月

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2012-03-20 Tue 14:44
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