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不倫であっても愛することに変わりなく、愛することで満たされたい。 心が生きると書いて性となるなら、淫らさもまた愛の証だと思っています。
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クリスマスが近づくと…
街はクリスマス一色だね…。
でもクリスマスが近づくと、子供の頃を思い出し、ちょっぴりセンチな気分になる。 

ずっと以前の暮れ迫る頃、先生への夜のメールにクリスマスの思い出を書いたことがある。
毎年、同じ頃になると同じことを思い出し、そして同じように切ない思いに胸が締め付けられる。

どれほど年を重ねても、幼い頃の記憶が薄れることはない。
思い出したくないことも、忘れてしまいたいことも、尖った感性は今も心のどこかに残っている。

それほど不幸な人生を歩んできたわけではなく、特別、悲しむべき出来事もなかった。
それなのに誰かに聞いてもらいたい、あの頃のこと、言葉にすることができなかった切ない気持ちを…。

クリスマスの日の商店街は、夕方までは歳末売出しで賑わっているのに、夜になると人通りがなくなってしまうんだよね。

夕方を過ぎて、足早で帰るスーツ姿のお父さんの手にはケーキの箱があってね…私は冷たいコンクリート敷きの店先で蟻の行列(帰宅者)を見送っていた。

これから各家で催されるクリスマスイベントを想像しながら、マッチ売りの少女のように寒さに耐えていた。

サラリーマンのボーナスをあてにした年末の大売出しは、靴屋といえども浮かれムードの煽りを受けられるので家族揃って店番をする。

…とは言っても、父、母、私の三人だけどね。

時折、お腹を空かせた弟二人が店に来ては、忙しさで小言の言えない両親に纏わり付いて小遣いを強請り、これ見よがしに隣の菓子屋で買った甘い菓子を口いっぱいに頬張って立ち去る。

夕方も過ぎ、TVの子供番組が終る頃になると、客足も途切れてくるので母は食事の支度をしに家に戻った。

今日はクリスマス、でもご馳走なんて大して嬉しくなかった。
それより私はボーナスが欲しかった(^^ゞ

店を閉めてからクリスマスが始まる。逆を返せば、店が開いている限りクリスマスは来ないんだよね。
同じ一日であっても、スタートが違えば時間を損した気分になる。

では、夜遅くまでクリスマスが来ない我が家は損をしたか?と考えると、普段より儲けが多かったのだから得したことになるのだけれど、子供ながらにお金では計り知れない損がどこかに隠されているような気がした。

それでも商店街で働く子供ならではのクリスマスのお楽しみもあった。
クリスマスが歳末売り出しの最後の日だったから、父が余った福引きの券を店を手伝ったお駄賃として私だけにくれたこと。

この時ばかりは幼い弟達にあげないで、私だけに引かせてくれたんだよね(*^^)v

「働かざるもの食うべからず」というのが父の教えだからね、弟達は働かなかったからもらえなかっただけのことなのだけど、当たり前のことを実行してくれる父を凄いと思った。

う~ん、普段の私なら九つ離れた下の弟にこっそりあげてしまうだろうなぁ~と思うつつ、弟が喜んでくれたら私は幸せな気持ちになれたから、福はくじ引きにあったわけではないのかもしれないね。

あっ、話が飛んでしまったね(汗)

とにかくクリスマスの日くらい、小さな特別を独り占めしたかった。
どんなことでもよかった。
今日はみんなが楽しく過ごす日であるなら、私も楽しみを見つけてやろうじゃん!と粋がったりもした。

その反面、一人っ子はどれほど幸せなのだろうか?と考えたりもするんだけど、私が居ないと寂しがる弟の顔が浮かんでくると、ちょっとでも一人が良いと思った自分が情けなくて泣きたくなった。

三つ違いの弟は何をするにしても怠け者だから好きではないけれど、初めて下の弟に出会った日、空から天使が下りてきたのかと思った。
真っ赤なほっぺに春が宿っているようで、柔らかくて温かくて、頬を寄せると甘い匂いがした。

特別、大きく産まれた弟はおんぶすると重たくて肩が痺れてしまうけれど、いつもおぶって遊びに行った。
私と似ていない大きな瞳で見つめられると、生まれて初めて愛する人に慕われることがこれほど嬉しいものかと実感したよ。

まあ、今となっては立派なおじさんだけどね。
でも父に似て働き者のとっても立派なおじさんになったよ(^_-)-☆

あらら、またまた福引の話から反れてしまったね、いつもながら話が纏まらなくてごめんなさい。

父の手前、子供らしく喜んでくじを引きに行くんだけれど、でもね、最終日だから一等はとっくの昔に出てしまって入っていないんだよね。

店の斜め前が福引所だったから、上位の等が当たるたびに鐘の音と歓声が聞こえてくる。
私はその鐘の音をいつも耳を澄まして聞いていた。
それを知っているんだもん、くじを回す手に気合は入らなかった。

母が普段、買い物をしてもらった券は、母と一緒に買い物に行った弟達がこっそり引いてしまう。
店にも福引券が沢山あるけれど、でもね、それはお金を出して買った物だから、おねだりが出来なかったなぁ~。

そんな私を思ってかな?
福引所のおじさん達は、私が最後に行くとこっそりおまけをしてくれて、赤玉以外の下から数えて三色をガラガラの中にいっぱい入れてくれたよ。 

そりぁ~ね、一等は出ないけれど、何かしら当たるよね(笑)

たとえ舞台裏事情を知っていても、大人の優しさや思いやりを有難いと思った。
…ううん、わかっていたからこそ、わからない振りをして喜んでみせたのかもしれない。

だけどね、顔と心は裏腹で、笑えば笑うほど寂しくなるのはなぜだろうと思った。
きっと地面が凍りそうなほど北風が冷たくて、私はこの場所からすぐにでも逃げ出したかった。

それでも父には嬉しい顔を見せたくて、気を取り直して店に戻って当たった物を見せると、「よかったなぁ~、余り物には福がある!やっぱりお前は運がいいなぁ~!」といいながら私以上にはしゃいでくれた。

父と私…同じ性格なのだと、その時、悟った。

きっと父は私の喜ぶ顔が欲しかったのだと想う。 

でもね、父が私の隙を見て福引所に行き、当番の人にお礼を言っていることも私は知っていた。 
舞台裏の仕掛けは、父から私へのクリスマスプレゼントだったのかもしれないね。

商店街の大人は、みんな優しかった。 

「店番しながら家の手伝いをして偉いね」
「弟の面倒をよくみて良いおねえちゃんだね…」と、いつも私の良いところを見つめて褒めてくれた。

それでも捻くれ者の私は、人の優しさに触れる度、酷い罪を科せられているように感じた。

嬉しいこと、切ないこと、やるせない気持ちを抱えてクリスマスの夕食に付いた。

毎年、母は腕を振るって洋風の料理をテーブルいっぱいに並べてくれたけれど、本当はね、あのバターケーキが嫌いで、骨付きチキンが大嫌いで、だけどクリスマスの日だけは好き嫌いを言ってはいけないような気がして、無理して子供っぽく振舞う。

その後、宴も終わり、湿った布団の中から安っぽいツリーのチカチカした電飾を見つめれば、無性に切なさと悔しさが込みあげてきた。

よその子が羨ましかった。
よそと比べたらキリがないと父に諭されたけれど、比べても負けないほど今の自分に満足したかった。

だから裕福な子には意地悪もしたかもしれないなぁ~(^_^;)

でも意地悪している自分を客観的に観れるようになると、明らかに貧しさゆえの反抗に見えたので恥ずかしくなり止めた。

そのかわり、人より早く大人になりたいと常々思うようになった。
大人になれば、自分の歩むべき道を選択することができるでしょ。

幸せにも不幸にも自分の力でなれるのだから、大人の世界は自由社会だと思った。

…そう思っていたけれど、大人になってみればやっぱり子供の頃が楽だったかなと想うのは、きっと誰も同じかもしれないよね(笑)

追伸…

もし?子供の頃に戻れる魔法があっても私は絶対に戻らない。
大好きな人と同じ時間を共有することの喜びを知ったから、先生が存在しない世界に未練はないからね(*^^)v
美月
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